なぜお酒(ウイスキー)を飲むとトイレが近くなるのか——「水分の栓」を握るホルモンの話
ウイスキーを重ねた夜、トイレが近くなるのはなぜか。鍵は抗利尿ホルモン(バソプレシン)の抑制にある。ただし上乗せ分は思ったより小さく、脱水時はむしろ利尿が鈍る。酒が水分補給にならない理由と合わせ、度数ごとの純アルコール量から夜の水分収支を読み解く。
ウイスキーを何杯か重ねた夜、やけにトイレの回数が増えた——そんな経験は誰にでもあるだろう。飲んだ量よりも出ていく量のほうが多いように感じることさえある。なぜお酒を飲むと、こんなにトイレが近くなるのか。じつはそこには、体の「水分の栓」を握るホルモンが深く関わっている。
そして調べていくと、「酒は飲んだ以上の水を奪う」という広く知られた説明が、思っていたほど単純ではないことも見えてくる。
尿を減らす「栓」をゆるめてしまう
私たちの体には、水分を無駄に失わないための巧妙な仕組みが備わっている。その中心にあるのが、脳の下垂体後葉から分泌されるバソプレシン(抗利尿ホルモン、ADH)だ。このホルモンは腎臓に「水を再吸収せよ」と指令を送り、いったん濾し出された水分を血液へ戻して、尿を濃く少なくする働きを持つ。
具体的には、腎臓の集合管という管の壁にアクアポリン2という水の通り道を並べさせる。栓を開けて水を回収するイメージだ。
アルコールは、このバソプレシンの分泌を抑え込む。栓がゆるむと、腎臓は水を血液に戻しにくくなり、本来なら再吸収されるはずの水分がそのまま尿として流れ出ていく。腎臓が壊れるわけではなく、あくまで「水を戻せ」という命令が届きにくくなるだけだ。これが「お酒の利尿作用」の説明として、もっともよく挙げられる筋道である。
「アルコール10gで尿が100ml増える」という古い目安
では、どれくらい増えるのか。この分野でいまも引用される数字が、1942年にエグルトンが報告した「アルコール10gあたり、尿がおよそ100ml余分に出る」という推定だ。
ただし、この数字は扱いに注意がいる。もとになったのは被験者1名のデータで、飲んだ酒の濃度も明記されていない。80年以上前の、ごく小さな観察から出た目安なのだ。
日本語圏でよく見かける「ビールを1リットル飲むと1.1リットルの尿が出る」、あるいは「飲んだ水分の1.2〜1.5倍が出ていく」といった言い方も同じ系統で、医療機関のコラムから健康情報サイトまで広く引かれているものの、元の研究をたどろうとすると出所がはっきりしない。利尿作用が実在することと、その大きさが正確に分かっていることは、別の話だと考えておいたほうがいい。
同じアルコール量で比べると、何が起きたか
もう少し新しい、条件を揃えた試験がある。2017年に発表された、オランダの60〜75歳の男性を対象にした無作為化クロスオーバー試験だ(20名が参加し、19名が完遂。なお研究資金の一部はオランダのビール業界団体が拠出しており、著者の一部は同団体に所属していた)。
この試験では、純アルコール量を30gに揃えたうえで、ビール(5%・750ml)・ワイン(13.5%・279ml)・スピリッツ(35%・108ml)を飲み比べている。同じ30gを届けるのに必要な液量が、ビールとスピリッツでは7倍近く違うわけだ。比較対象は、ビールとワインはノンアルコール版、スピリッツは同量の水である。
飲んでから4時間の尿量は、こうなった。
- ビール 829ml / ノンアルコールビール 836ml(差なし)
- ワイン 536ml / ノンアルコールワイン 504ml(ワインが有意に多い)
- スピリッツ 471ml / 同量の水 450ml(スピリッツが有意に多い)
読み解き方が二段構えになっている点が面白い。総尿量でいえば、ビールが飛び抜けて多い。トイレが近く感じるのは当然で、入ってくる液体の量がそもそも7倍違うからだ。
ところが**「アルコールが上乗せした分」で見ると、順序が入れ替わる**。ビールはノンアルコール版と差がつかず、対照との差が有意に出たのは13.5%以上の酒だけだった。
ただし、ここから先を早合点しないでほしい。著者らは3種の「上乗せ分」どうしも直接比べており、そこには有意差がなかった。つまり「度数が上がるほど上乗せが大きくなる」とまでは、この試験は言えていない(著者ら自身、それを検証した初めての研究だと述べたうえで、支持されなかったと報告している)。
上乗せ分そのものも小さく(スピリッツで4時間に21ml)、24時間で見るとどの酒もノンアルコール版と差が消えていた。脱水していない高齢男性が中等量を、食事とともに飲んだ場合には、利尿作用は一時的で無視できる程度かもしれない——それが著者らの結論だ。
この限定は重い。脱水していない人が、食事と一緒に、中等量を飲んだときの話であって、暑い日や発汗後、あるいは量やペースが上がった場面にそのまま当てはめられるものではない。実際、後述する別の試験では、水分が足りている状態なら4%のビールでも有意な上乗せが出ている。年齢も、食事の有無も、飲むペースも違えば結果は変わる。なお、この試験の「スピリッツ」はオランダのジェネヴァであって、ウイスキーそのものを試したわけではない。
同じ1杯でも、度数で入るアルコール量は変わる
ここでウイスキーならではの事情が顔を出す。バソプレシンの抑制は血中アルコール濃度に応じて強まり、濃度が上がっていく局面で尿量が増えることが報告されている。
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