なぜウイスキーは「味わう」より「香りを嗅ぐ」ほうが大事なのか——風味の大半は鼻が決めている
プロのテイスターがグラスに口をつける前に、何度も鼻を近づけるのはなぜか。舌が感じ取れるのはたった5つの基本味だけで、ウイスキーの複雑な風味の大半は「香り」が担っている。嗅覚のしくみと、家でも香りを引き出すコツを読み解く。
プロのテイスターがウイスキーを評価するとき、グラスに口をつける前に、何度も鼻を近づけて香りを確かめる姿を見たことがあるだろう。飲むより嗅ぐことに時間をかけているようにさえ見える。なぜ「味わう」より「嗅ぐ」ことが、これほど重視されるのだろうか。
舌が感じ取れるのは、たった5つの「味」だけ
意外に思えるかもしれないが、私たちの舌そのものが感じ取れる「味」は、甘味・塩味・酸味・苦味・うま味という5つの基本味だけだとされる。バニラ、ピート、シェリー、柑橘、スモーク——ウイスキーを語るときに使われる無数の表現は、実はどれも「味」ではない。舌の上の味覚だけでは、リンゴと洋梨を区別することすらできないと言われる。では、あの入り組んだ風味はどこから来ているのか。
「風味」の正体は、じつは鼻にある
答えは嗅覚だ。私たちが「味」と呼んで楽しんでいるものの正体は、味覚と嗅覚が脳の中で統合された「風味(フレーバー)」であり、その大半は香りが担っている。研究者によって幅はあるが、風味に占める嗅覚の寄与はおよそ8割から9割にのぼるとも言われる。
香りの感じ方には二つの経路がある。ひとつは鼻から外の匂いを直接吸い込んでかぐ「オルソネーザル(前鼻腔性)」。もうひとつが、口に含んだ液体の香りが喉の奥から鼻へと抜けていく「レトロネーザル(後鼻腔性)」だ。ウイスキーを飲み込んだあとに鼻から抜けていく余韻——いわゆる「フィニッシュ」の多くは、このレトロネーザルの働きによるものだ。スコッチウイスキーには数百種類ともいわれる香気成分が含まれており、その一つひとつを繊細に描き分けているのは、舌ではなく鼻なのである。
だからプロは「嗅ぐ」ことに時間をかける
鼻の感度は舌よりはるかに高い。だからこそ、テイスターは口に含む前の「ノージング(香りをかぐ工程)」にたっぷり時間をかける。飲む前に香りの全体像を把握しておくことで、その後の味わいの解像度が大きく上がるからだ。
ただし、ここで邪魔をするのがアルコールそのものだ。度数の高いウイスキーを勢いよくかぐと、エタノールが鼻や舌にある痛みや熱を感じる神経(三叉神経)を刺激し、ツンとした刺激となって他の繊細な香りをかき消してしまう。プロがグラスを大きく傾けず、口ではなく鼻先をそっと近づけるのは、この刺激を避けて香りだけをすくい取るためだ。
香りを引き出す飲み方のコツ
この仕組みを知ると、家での一杯も変えられる。まず、口のすぼまったチューリップ型のグラスを選ぶと香りが上部に集まりやすい。次に、いきなり口に含まず、まず穏やかに香りをかぐ。そして度数の高いウイスキーには、水を数滴加えてみる。加水はアルコールの刺激をやわらげ、閉じ込められていた香気成分を解き放つため、香りが驚くほど開くことがある。
たとえばスコットランドで最も背の高い蒸留器から生まれる、軽やかで華やかなグレンモーレンジィのようなボトルは、まさに香りを味わうための一本だ。

Glenmorangie The Original 10 Year Old
🏴 スコットランド ・ グレンモーレンジィ蒸留所 ・ シングルモルト ・ 10年 ・ 40%
このコラムの関連
関連するボトル


Glenmorangie The Original 10 Year Old
🏴 スコットランド ・ グレンモーレンジィ蒸留所 ・ シングルモルト ・ 10年 ・ 40%
次に読む

ボイラーメーカーとは何か——ビールとウイスキーを「並べて飲む」一杯は、なぜ世界中の酒場にあるのか
ウイスキーのショットとビールを組み合わせる「ボイラーメーカー」。名前が定着したのは1930〜40年代のアメリカ。同じように混ぜずに並べる飲み方は、スコットランドの「ハーフ・アンド・ア・ハーフ」やフィラデルフィアの「シティワイド」など各地にある。歴史と合わせ方を整理する。

なぜハイボールは唐揚げに合うのか——「炭酸が脂を流す」は本当か。渋みと脂の「綱引き」から読み解く
唐揚げにハイボールが合う理由は「炭酸が脂を洗い流すから」とよく言われる。だが、それを直接確かめた研究は見当たらない。確かめられているのは、渋みが脂のぬるっとした感覚を打ち消すこと。炭酸・度数・苦み・冷たさから、あの相性を分解する。


