なぜお酒に酔うと「本音が出る」「人が変わる」のか——ブレーキが外れる脳のしくみ
酔うと口が軽くなり、人によっては人格まで変わって見える。「酒の上でこそ本音が出る」は本当なのか。前頭前野のブレーキが外れる仕組みと、注意が狭まる「アルコール・マイオピア」、そして「酔った自分は別人格」という感覚に含まれる思い込みを、脳科学と心理学の研究から読み解く。
飲み会でふだん無口な人が急に饒舌になったり、穏やかな人が突然怒り出したり。「酒の上でこそ本音が出る」「酔うと人が変わる」——古今東西で語られるこの話は、どこまで本当なのだろうか。ラテン語の格言「イン・ウィノ・ウェリタス(酒の中に真実あり)」まであるほどだ。だが近年の脳科学と心理学は、その通説にいくつかの留保をつけている。
「ブレーキ」を担う前頭前野が鈍る
酔って口や態度がゆるむ最大の原因は、脳の司令塔である前頭前野(額の奥にある領域)のはたらきが鈍ることにある。前頭前野は「言っていいか」「やっていいか」を一瞬で判断し、不適切な言動にブレーキをかける役割を担う。
アルコールは、脳の興奮を鎮める抑制性の神経伝達物質GABA(ギャバ)の作用を強める一方、興奮を伝えるグルタミン酸のはたらきを抑える。脳全体が鎮められるなかで、まず影響を受けやすいのが前頭前野のような高次のはたらきだ。ブレーキがゆるむこの状態を、専門的には「脱抑制(だつよくせい)」と呼ぶ。ふだんは意識の下で抑えていた衝動や感情が、そのまま表に出やすくなるわけだ。
重要なのは、アルコールは「新しい性格」を生み出すわけではないという点だ。研究者は、酒がするのはあくまで既にある衝動の抑制を外すことだと指摘する。攻撃性にせよ陽気さにせよ、素材はもともとその人の中にある。
注意が狭まる「アルコール・マイオピア」
もう一つの鍵が、心理学者スティールとジョーゼフスが1990年に提唱した「アルコール・マイオピア(近視眼)」理論だ。酔うと注意の視野が狭まり、目の前のいちばん目立つ手がかりにだけ意識が向く、という考え方である。
だから同じ人でも、楽しい席では陽気さが増幅され、いさかいの火種がある場では攻撃性が前に出る。「酔うと絡む人」も「泣き上戸」も、その場の最も強い刺激に注意を奪われた結果と説明できる。酔いが感情を一方向に決めるのではなく、状況しだいで出方が変わるのだ。
「本音が出る」は半分本当、半分思い込み
では「酔った自分」は本当の自分なのか。米国のウィノグラッドらの研究が示唆に富む。参加者は、酔うと外向性・情緒などあらゆる面で自分が変わると感じていた。ところが第三者に観察させると、はっきり変化として見て取れたのは「外向性(社交性・活発さ)」だけだった。
つまり本人が感じる「別人になった感覚」は内面ではリアルでも、周囲から見た変化は思うほど大きくないことがある。研究者は「酔った自分」も数ある自分の一面にすぎない、と結論づける。「酒の上の別人格」はしばしば、記憶の飛びや翌朝の後悔とセットで語られる誇張でもある。
まとめ
酔って口が軽くなるのは、隠された真実が暴かれるからではなく、ブレーキが外れ、注意が狭まった脳の状態にすぎない。だからこそ「酔えば本音」と過信するのは危うい。その仕組みを知っておくことは、自分の酔い方とほどよく付き合うための、ささやかな護身術になる。
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