では、なぜキリのいい1リットルや750mlではなく700mlだったのか。ここでもっともよく語られるのが「イギリスのバーの一杯で割り切れるから」という説明だ。
イギリスでは、ウイスキーを一杯いくらで出すときの量が法律で決められている。現在の指定量は25mlか35ml(またはその倍量)で、店はどちらかに統一して使う。「今日はなんとなく多め」といった注ぎ方は許されない。そして700mlをこれで割ると、25mlなら28杯、35mlなら20杯。どちらもぴったり割り切れる。対する750mlは25mlで30杯とれるが、35mlだと21.4杯と半端が出る。いかにもそれらしい説明である。
ところが、年表を並べると話が合わない。
蒸溜酒の0.70リットルがヨーロッパの規則に入ったのは、先に見たとおり1988年だ。一方、イギリスの法令に25mlと35mlという数字が書き込まれるのは1994年の改正である。1988年に出された酒類の度量衡令の原文を読むと、そこに並んでいるのは「4分の1ギル、5分の1ギル、6分の1ギル」というギル単位の三つだけで、ミリリットル表記はどこにもない。ギル系を廃止する方針が定まったのが1990年、実際に使えたのが1994年12月31日まで、という二段階の移行だった。
つまり700mlが決まった時点で、イギリスのパブは25mlでも35mlでも注いでいなかった。当時の提供量は、イングランドとウェールズで6分の1ギル(約23.7ml)、スコットランドで5分の1ギルか4分の1ギル(約28.4mlか約35.5ml)、北アイルランドで4分の1ギル(約35.5ml)。700をこれらで割ると29.5杯、24.6杯、19.7杯となり、どれ一つとして割り切れない。
だからこの説は、原因と結果が逆になっている。700mlという容量が先に決まり、その2年後にギルの廃止が決まり、6年後に25ml・35mlという数字が法令に書き込まれた。きれいに割り切れる関係は、この順番の末に生まれたものだ。いま広く語られている「割り切れるから700ml」は、後から見つかった辻褄のよさを起源の説明に読み替えたものである。
では、なぜ750mlではなく700mlだったのか。正直に書いておくと、決め手となる一次史料は見当たらない。大陸ヨーロッパでは早くから70clの瓶が使われていたため、そこへ揃えたという見方はあるが、確たる裏づけには乏しい。アメリカ側には後述する「フィフス」というはっきりした根拠があるのに対し、700mlのほうは理由の分からない数字がそのまま世界標準になった——というのが、いまのところ正確な言い方だと思う。
とはいえ、この関係が現場で便利なのは事実である。仕入れた一本から何杯とれるかが即座に分かる。シングルとダブルという数え方の由来は「シングル」「ダブル」という単位に、1本から何杯とれるかを家飲みの目線で計算した話はウイスキー1本で何杯飲める?にまとめてある。
ところが、アメリカで買ったウイスキーを見ると「750ml」と書かれている。同じ蒸溜酒なのに、なぜ大西洋を挟んで50mlの差が生まれたのか。
鍵は、アメリカに古くからあった「フィフス(fifth)」という単位だ。これは1ガロンの5分の1を指す伝統的なボトルサイズで、換算するとおよそ757mlになる。1980年からアメリカが酒類の容量をメートル法へ切り替える際、この慣れ親しんだ「フィフス」にもっとも近い750mlを標準に選ぶのが自然だった。つまりEUは規制上の刻みから700mlを、アメリカは自国の伝統的容量から750mlを選び、両者がそのまま並存することになったのである。
さらにアメリカでは長らく、認められた容量のリストに700mlが載っていなかった。内容量の少ない700ml瓶が750mlと同じ棚に並ぶと消費者が混乱する、という懸念がその背景にある。ヨーロッパの蒸溜所からすれば、アメリカに輸出するためだけに750ml用の瓶とラベルを別に用意しなければならず、これは長年の悩みの種だった。
この状況は、すでに過去のものになっている。アメリカの酒類の規制当局であるTTB(アルコール・タバコ税貿易局)は2020年12月29日、蒸溜酒の認められる容量に700ml・720ml・900ml・1.8リットルの四つを追加した。
このときの意見公募の記録が興味深い。700mlの追加には18件の賛成意見が寄せられ、その理由は「700mlは他国で一般的なサイズであり、認めれば貿易が円滑になり、アメリカの消費者が選べる輸入蒸溜酒も増える」というものだった。一方で反対意見もあり、「750mlと近すぎて紛らわしい」に加えて、「700mlは世界でもっとも偽造品に使われているサイズだ」という指摘まで寄せられている。容量ひとつをめぐって、貿易・消費者保護・偽造対策が正面からぶつかっていたわけだ。
この2020年の改正によって、アメリカの規則には700mlも720mlも750mlも並んで載ることになった。さらに2025年1月には規則が改められ、蒸溜酒にさらに15の容量が加わったうえ、缶とそれ以外の容器で別々だった容量の定めも一本化されている。
したがって「アメリカだけ750ml」という説明は、もはや正確ではない。店頭で750mlが主流なのは、規制ではなく積み重なった商習慣と設備の問題である。
ここで日本の話になる。TTBが2020年に追加した四つのうち、720ml・900ml・1.8リットルの三つは、日本の三つの業界団体と国税庁が支持して認められたものだ。
この三つの数字には見覚えがあるはずだ。日本酒や焼酎の世界では、1合=180mlを基準に容量が組まれている。4合で720ml(四合瓶)、5合で900ml、そして1升=1.8リットル。つまり日本の伝統的な尺度が、そのままアメリカ連邦規則の容量リストに書き加えられたことになる。
日本で売られるウイスキーの多くは、海外の主要市場に合わせて700mlを採用している。瓶や充填ラインを共通化できるという合理性があるからだ。一方で、日本酒や焼酎の蔵から出発したクラフト蒸溜所などでは、手元にある四合瓶の規格がそのまま使われることもある。ラベルに720mlと書かれた一本を見かけたら、それは日本の酒造りの歴史がボトルの形に残っている印だと思っていい。日本のクラフト蒸溜所については日本のクラフトウイスキーの選び方で紹介している。
実用的な話もしておきたい。並行輸入品などで700mlと750mlが同じ棚に並ぶことがあるが、この50mlの差はどのくらいの意味を持つのか。
割合でいえば、700mlは750mlより約7%少ない。バーの一杯に換算すると、25ml基準で2杯、35ml基準で約1.4杯分。家でハイボールを作るなら、だいたい1杯強の差だと考えればいい。ばかにならない差ではあるが、劇的でもない。
問題は、この差が価格の見え方を狂わせることだ。同じ銘柄で700mlと750mlが違う値札で並んでいるとき、金額だけを見比べると判断を誤る。1mlあたりいくらかを出せば、比較は一瞬で済む。5,000円の700mlは1mlあたり約7.1円、5,200円の750mlは約6.9円で、後者のほうが割安になる。容量表示が揃っていない売り場では、この一手間が効く。
容量の違う品が同じ棚に並ぶ典型が、並行輸入品と正規品の関係だ。両者の違いは容量だけではないので、並行輸入品と正規品は何が違うのかもあわせて読んでほしい。4リットルの大容量ボトルが本当に得なのかは大容量ボトルの選び方にまとめてある。
こうして眺めると、ボトルの容量は味の設計ではなく、その酒がくぐってきた法律・単位・商習慣の産物だと分かる。
ヨーロッパは「消費者が比べやすいように」という規制思想のもとで700mlに揃え、アメリカは1ガロンの5分の1という自国の伝統から750mlを選んだ。イギリスはギルという古い単位を捨てるときに25mlと35mlを選び、結果として700mlときれいに噛み合った。日本は1合180mlという尺度を720mlという形で持ち込み、それがアメリカの規則にまで刻まれた。どれも「その土地でどう酒が売られ、どう注がれてきたか」の記録である。
ラベルには容量のほかにも、産地・熟成年数・度数といった素性を示す数字が並んでいる。読み解き方はウイスキーのラベルの読み方や度数(ABV)の違いと選び方で扱った。度数を「プルーフ」で表すアメリカ流の数え方も、単位をめぐる似た話としてプルーフの記事に書いている。
次に一本を手に取るとき、裏ラベルの三桁の数字を眺めてみてほしい。700なのか、750なのか、720なのか。そのわずかな違いは、その一本がどの国の規則をくぐってあなたの手元に来たのかを示す、小さな出自の証明書でもある。