なぜ日本のウイスキーは「買えない酒」になってしまったのか
かつて棚に余っていた山崎や白州が、いまや定価では手に入らず二次流通で何倍もの値がつく。ジャパニーズウイスキーはなぜ「買えない酒」になったのか。冬の時代の減産、2014年に火がついた世界的人気、そして10年以上という熟成の時差から、その構造を読み解く。
棚に並んでいれば数千円で買えたはずの「山崎」や「白州」が、いまや定価では滅多に見かけない。見つけても抽選、二次流通に回れば定価の数倍——。ほんの十数年前まで、ジャパニーズウイスキーはむしろ売れ残りを心配される酒だった。なぜここまで急に「買えない酒」になってしまったのか。答えは、蒸溜という営みが抱える「時間の遅れ」に隠れている。
「冬の時代」に仕込まれなかった原酒
いま品薄の直接の原因は、じつは40年近く前にさかのぼる。1980年代後半から2000年代前半にかけて、日本のウイスキー消費は長い低迷期に入った。焼酎ブームやチューハイの台頭もあり、ウイスキーは「時代遅れの酒」と見なされた時期すらあった。愛好家がのちに「冬の時代」と呼ぶこの不況下で、各社は生産を大きく絞り込んだ。売れない酒を仕込み続ければ在庫と貯蔵コストがかさむのだから、経営判断としては自然なことだった。
だが、この時期に「仕込まれなかった」原酒こそが、現在の熟成庫にぽっかり空いた穴になっている。
2014年、需要に火がついた
風向きが変わったのは2010年代だ。国内では2008年前後から仕掛けられたハイボール人気でウイスキーが再び日常の酒になり、2014〜2015年放送のNHK連続テレビ小説「マッサン」が、ニッカ創業者・竹鶴政孝夫妻を描いてブームを後押しした。
決定打は海外評価だった。ウイスキー評論家ジム・マレー氏の著書『ワールド・ウイスキー・バイブル2015』(2014年11月刊)で、サントリーの「山崎シングルモルト シェリーカスク2013」が100点満点中97.5点をつけ、世界最高のウイスキーに選出された。これを機に、ジャパニーズウイスキーへの国際的な需要が一気に高まる。訪日客の土産需要や輸出の急増も重なった。
埋まらない「10年の時差」
ここで、冒頭の「時間の遅れ」が効いてくる。ウイスキーは仕込んですぐ売れる商品ではない。熟成に長い年月を要し、「12年」「17年」と年数を掲げる銘柄なら、その年数だけ樽の中で待たねばならない。つまり、需要が爆発した2010年代にちょうど飲み頃を迎える原酒は、逆算すれば「冬の時代」に仕込むべきだったもの——まさに絞り込まれてしまった分なのだ。
いまから増産しても、熟成年数の長い原酒が市場に戻るのは早くて10年以上先になる。この構造的な時差が、高年数モノほど深刻な品薄を生んでいる。象徴的なのが2018年で、サントリーは原酒不足を理由に「白州12年」と「響17年」の販売休止を発表した。定番だったはずの年数表記ボトルが、次々と棚から消えていった。
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