なぜベイリーズは、クリームとウイスキーを混ぜても分離しないのか——45分の試作品を「棚に置ける酒」に変えた乳化の技術
クリームにウイスキーを注げば、ふつうは分かれてしまう。それでもベイリーズが常温の棚で滑らかなままなのはなぜか。1970年代の試作の逸話から、脂肪の粒を砕く「均質化」、度数が17%にとどまる理由、混ぜてはいけない割り材までをたどる。
ノンホモ(均質化していない)牛乳を置いておくと、上にクリームの層が浮いてきます。クリームにウイスキーを注いで冷蔵庫に入れておけば、もっと早く、もっとはっきりと分かれます。
ところが、アイリッシュウイスキーとクリームを合わせた「ベイリーズ」は、常温の棚に並び、開けたあとも長く滑らかなままです。なぜこの一本は分離しないのでしょうか。
この記事では、1970年代に、ロンドンのコンサルタントとアイルランドの酒類会社のあいだで生まれた「思いつき」と、それを商品として成り立たせた乳化の技術、そしてアルコール度数が17%にとどまっている理由をたどります。
45分でできた試作品
ベイリーズの出発点は、アイルランドの酒類会社ギルビーズ・オブ・アイルランドが、新しい輸出向けの酒を探していたことにあります。開発には複数の人物が関わったとされ、誰がいつ始めたかは資料によって1971年説と1973年説があります。
開発に関わったコンサルタントのデイヴィッド・グラックマン本人の回想では、案を示したのが1973年、発売が1974年です。アイリッシュウイスキーとシングルクリーム、それにキャドバリーの粉末ドリンクチョコレート(ココア飲料の粉)をスーパーで買ってきて混ぜた、というのが試作の逸話として伝わっています。最初の一杯はひどい味で、砂糖を足してようやく形になり、試作にかかった時間はおよそ45分だったといいます。
試作に使われたウイスキーはジェムソンだったと伝えられています。

名前は、開発者たちのオフィスの下にあったソーホーの小さな店「ベイリーズ・ビストロ」から借りたものです。ラベルに入る「R.A.ベイリー」の署名は架空の人物で、実在の創業者がいたわけではありません。
クリームはもともと「分かれるもの」
味の問題は45分で片づきましたが、本当の難題はその先にありました。クリームは、水の中に乳脂肪の小さな粒が浮かんでいる「水中油滴型エマルション」です。脂肪は水より軽いため、時間がたつと粒が浮き上がり、くっつき合って層になります。ノンホモ牛乳の上にクリーム層ができるのと同じ現象で、乳業の世界では「クリーミング」と呼ばれます。
そこへアルコールが加わると、事情はさらに難しくなります。アルコールは乳脂肪の粒を守っているたんぱく質の膜に影響し、粒同士が固まりやすくなるからです。家で作ったクリーム入りのカクテルが、しばらく置くと分かれたり、ざらついたりするのはこのためです。
食品科学の総説でも、クリームリキュールの最大の課題は「保存中に物理的に不安定になること」だとされています。
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