なぜアイリッシュコーヒーは「飛行場」で生まれたのか——寒い夜のフォインズと、海を渡った一杯
コーヒーにアイリッシュウイスキー、浮かぶ生クリーム。世界的な定番は、大西洋の空の便を待つ人を温めた一杯から始まった。誕生の物語と、家で上手に作るコツをたどる。
氷の張る冬の夜、コーヒーにウイスキーを注ぎ、ふわりと生クリームを浮かべた一杯——アイリッシュコーヒーは、いまや世界中のカフェやバーで見かける定番だ。だがこの飲み物が生まれたのは、しゃれたバーではなく、大西洋を渡る飛行機を待つ飛行場のレストランだった。この記事では、その誕生の物語と、海を越えてアメリカで磨かれた経緯、そして家で上手に作るためのコツをたどる。
寒い夜の飛行場で生まれた
1940年代前半、アイルランド西部の小さな港町フォインズ(シャノン河口)は、ヨーロッパと北米を結ぶ「飛行艇(フライングボート)」の一大拠点だった。まだ大西洋を無着陸で越えるのが難しかった時代、乗客はこの水上基地で給油と休憩を挟んでから旅を続けた。
その空港のレストランで料理長を務めていたのが、アイルランド北部ティロン州キャッスルダーグ生まれのジョー・シェリダン(1909年生まれ、1943年にフォインズの厨房へ)だ。ある荒れた夜、悪天候で引き返してきた便の乗客たちは、冷え切って疲れ果てていた。シェリダンは熱いコーヒーにアイリッシュウイスキーを注ぎ、上に生クリームをのせて出した——これがアイリッシュコーヒーの始まりとされる。
正確な「発明の年」を記した一次記録は乏しく、多くの資料は1943年前後とするが、そこは確定していない。確かなのは、遅くとも1951年ごろにはフォインズ(のちにシャノン空港へ移転)の「歓迎の一杯」として定着していたことだ。
「これはブラジルのコーヒーかい?」
名前の由来には、よく知られた逸話がある。一杯を口にしたアメリカ人客が「これはブラジルのコーヒーか?」と尋ねると、シェリダンは「いや、アイリッシュ・コーヒーだ」と答えた——というものだ。ただしこれは語り継がれたエピソードで、裏づけのある事実とまでは言い切れない。
サンフランシスコへ渡った一杯
この一杯を世界に広げたのは、一人の旅行記者だった。サンフランシスコ・クロニクル紙のコラムニスト、スタントン・デラプレインは、1951年にアイルランドの空港でアイリッシュコーヒーに出会い、その味に惚れ込む。
帰国後、彼はサンフランシスコの老舗カフェビュエナ・ビスタのオーナー、ジャック・ケプラーに再現を持ちかけた。1952年11月10日の夜、二人は試作を重ねるが、どうしても生クリームがうまく浮かない。行き詰まった末に助言を求めたのが、酪農業を営み、のちにサンフランシスコ市長となるジョージ・クリストファーだったと伝えられる。「クリームは48時間ほど寝かせ、軽く泡立ててから注ぐと浮く」という一言で、ようやくあの二層が完成した。この店は今もアイリッシュコーヒーを名物として出し続けている。
物語には後日談がある。シェリダン自身も1952年にアメリカへ渡り、このビュエナ・ビスタで腕をふるった。彼は1962年に世を去り、サンフランシスコ近郊に眠っている。空港の厨房で生まれた一杯は、こうして生みの親ごと海を渡ったのだ。
家で美味しく作るには
構成はシンプルだが、順番と分量が味を決める。
- 温めておいたグラスに、砂糖(茶色い砂糖が定番)を小さじ1〜2入れる。
- 熱く淹れたコーヒーを注ぎ、砂糖をよく溶かす。
- アイリッシュウイスキーを30〜40mlほど加えて軽く混ぜる。
- 軽く泡立てた生クリームを、スプーンの背を伝わせて静かに浮かべる。
生クリームが浮くのは魔法ではない。砂糖の溶けたコーヒーは密度が高く、逆に空気を含ませて軽く泡立てたクリームは軽い——この差で二層に分かれる。だから砂糖を省くと味だけでなく浮きも損なわれるし、ホイップしすぎて固くしてもうまくいかない。飲むときはかき混ぜず、冷たいクリームごしに熱く甘苦い液体をすするのが作法だ。
ベースにアイリッシュウイスキーが選ばれるのには理由がある。多くが三回蒸留でつくられ、軽やかでなめらか。スモーキーさやクセが少なく、そのぶんコーヒーの香りとぶつからずに、すっと溶け合う。最初の一本には、手に入りやすく穏やかな定番ブレンデッドがちょうどいい。
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