なぜ希少ウイスキーには「偽物」が出回るのか——1杯1万スイスフランのマッカランと、放射性炭素が暴いた真実
1杯100万円超のマッカランが「偽物」だった——なぜ高級ウイスキーは世界有数の偽造ターゲットなのか。動機の構造、放射性炭素が蒸留年を暴く仕組み、空き瓶の闇市場までを、実際の事件と調査データから読み解く。
2017年、スイスの山岳リゾート地サンモリッツのあるホテルで、一人の客が「1杯」のウイスキーに9,999スイスフラン——およそ7,700ポンド(日本円で百数十万円)を支払った。銘柄は「ザ・マッカラン 1878」。もし本物なら、1本あたり30万スイスフラン(約23万ポンド)相当とされた稀代の逸品だ。
ところが、この一杯は本物ではなかった。ホテル側がのちに液体を英オックスフォード大学の研究機関で放射性炭素分析にかけたところ、「95%の確率で1970〜1972年につくられた」と判明する。ラベルの1878年より、およそ90年も若かったのだ。しかも中身はシングルモルトですらなく、モルトとグレーンを混ぜたブレンデッドだった。ホテルのバーマネージャーは、客に全額を返金するためわざわざアジアまで飛んだという。
なぜ、高級ウイスキーの世界にはこれほど巧妙な「偽物」が出回るのか。
動機——「飲めば消える」酒と、跳ね上がった値段
理由の根っこは単純だ。希少ウイスキーの二次市場(オークション)が2010年代に急拡大し、一本が数千万円から数億円で取引されるようになった。値段が上がれば、偽造の旨味も膨らむ。
さらにウイスキーには、偽造犯に都合のよい性質がある。開けて飲めば、証拠ごと消えてしまうのだ。しかも「飲まれてしまう」ことが前提の商品だから、中身を科学的に検証される機会は多くない。加えて、100年前のボトルの「来歴(誰が所有してきたか)」は往々にして曖昧で、真贋の追跡が難しい。高値・消える中身・不透明な来歴——この三つが揃ったとき、偽物は生まれやすくなる。
どれくらい出回っているのか
問題の規模を可視化したのが、鑑定会社レア・ウイスキー101が2018年に実施した調査だ。二次市場から集めた古酒55本を、スコットランドの研究機関SUERCで放射性炭素分析にかけたところ、21本が偽物、あるいは表示された年に蒸留されていなかった。金額にしておよそ63万5,000ポンド分にのぼる。とりわけ「1900年前後かそれ以前」を名乗るモルトは、検査したものがすべて偽物だった。
同社は、市場に出回る希少ウイスキーのうち、およそ4,100万ポンド相当が偽物ではないかと推計している。「古ければ古いほど疑わしい」というのが、いまや古酒をめぐる市場の通念になりつつある。
放射性炭素が「蒸留年」を暴く
真贋を分ける切り札が、冒頭にも登場した放射性炭素(C-14)分析だ。仕組みはこうだ。1950〜60年代の核実験で、大気中の放射性炭素の濃度が一時的に跳ね上がった(「ボム・パルス」と呼ばれる)。大麦はその大気から炭素を取り込むため、核実験より前に蒸留された酒はC-14が低く、後の酒は高い。この差を測れば、1950年代以降の蒸留なら2〜3年の精度で年代を絞り込める。ラベルに「19世紀」と書かれた酒から高いC-14が検出されれば、それだけで一発アウトというわけだ。
もっとも、すべての瓶を開けて分析するわけにはいかない。実務では、ラベルの印刷技術やコルク・キャップの状態、液面の高さ、来歴を示す書類——といった外形的な手がかりを組み合わせ、疑わしいものだけを精密検査にかける。
「空き瓶」が売買される闇
偽造は、名だたる古酒だけの話ではない。近年は、人気銘柄の空き瓶そのものが売買されている。マッカランや一部のバーボンの空きボトルは、ネットオークションで数百ドルの値がつき、それを買った者が中身を安酒に詰め替えて、数千ドルの「本物」として売りさばく——という手口が報告されている。飲み終えたボトルを不用意に捨てられない時代になった、とも言える。
まとめ——いちばん確実な「本物」の味わい方
高級ウイスキーが狙われるのは、皮肉にも、それだけ中身が愛されてきた証でもある。だが数億円のボトルの真贋を、私たち飲み手が確かめる術はほとんどない。
一つだけ確かなことがある。いま蒸留所が造り、正規のルートで売られている一本には、偽物の入り込む余地がほとんどない。伝説の原酒が眠っていたのと同じ蒸留所の、手の届く入門ボトルから始める——それが、偽物とは無縁に「本物」を味わういちばんの近道だ。
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