なぜ山崎は「憧れのジャパニーズ」になったのか——日本初の蒸溜所と、世界一に輝いた一杯
デパートでも定価では買えない「憧れのジャパニーズ」山崎。日本初の蒸溜所として1923年に始まり、白札の失敗、名水の地、ミズナラ樽、そして2013年の世界一まで——100年分の物語をたどり、なぜこれほど愛されるのかを読み解く。
デパートの棚に山崎の名を見つけても、たいてい定価では買えない。ノンエイジでも品薄で、12年ともなれば定価の何倍もの値がつく。日本のシングルモルトの代名詞であり、いまや「憧れの一杯」となった山崎。なぜこれほど愛され、これほど手に入りにくい存在になったのか。その理由は、100年前の一つの決断から始まる。
日本初、すべてはここから始まった
山崎蒸溜所は、日本で初めて本格的なウイスキーづくりに挑んだ蒸溜所だ。1923年、寿屋(現サントリー)を率いる鳥井信治郎が、この地に建設を始めた。技師として招いたのは、スコットランドでウイスキーづくりを学んで帰国した竹鶴政孝。のちにニッカを興す人物である。日本ウイスキーの二つの源流が、この一つの現場で交わっていた。
もっとも、船出は順風ではなかった。1929年に発売した国産第一号「サントリー白札」は、本場を意識した強いスモーキーさが当時の日本人の口に合わず、商業的には失敗に終わる。日本の風土で、日本人の舌に寄り添う一杯を——鳥井の理想と市場のあいだで試行錯誤を重ねた末に、山崎はようやく愛される味へとたどり着いた。
「山崎」という土地が選ばれた理由
鳥井がこの地を選んだのは、水と気候のためだった。山崎は天王山のふもとにあり、桂川・宇治川・木津川という三つの川が合流する一帯にある。霧が立ちやすく、湿潤な空気が樽の熟成をゆっくりと後押しする。
水にも由来がある。近くの水無瀬神宮に湧く「離宮の水」は、大阪府で唯一「名水百選」に選ばれた名水だ。この山崎の地は、茶人・千利休がこの一帯の水を愛し、国宝の茶室「待庵」を結んだ土地としても知られる。名水を求める文化が古くから根づいた場所で、日本のウイスキーは産声を上げた。
ミズナラ樽という日本の個性
山崎を語るうえで欠かせないのが、日本固有のオーク「ミズナラ」の樽だ。白檀(びゃくだん)や伽羅(きゃら)を思わせる、香木のように東洋的な香り——ほかのウイスキーにはないこの個性は、ミズナラ樽がもたらす。
もっとも、ミズナラは扱いが難しい。木目が粗く液が漏れやすいため、樽づくりには熟練の技と長い乾燥期間を要し、使える良材も限られる。第二次大戦前後に樽材が不足するなか半ば苦肉の策で使われ始めた国産材が、いまや世界の造り手が憧れる「ジャパニーズの香り」の象徴になった。
世界が認めた瞬間
評価が大きく動いたのは2000年代だ。2003年、山崎12年はイギリスのISC(インターナショナル・スピリッツ・チャレンジ)で、ジャパニーズウイスキーとして初めて金賞を獲得する。
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