なぜ酔うと千鳥足になり、呂律が回らなくなるのか——動きを補正する「小脳」と、耳の中で回る天井
千鳥足や呂律の乱れは、酔いのどの段階で出るのか。動きのずれを補正する小脳の働きと、内耳で起きるベッドスピンのしくみから、「体が言うことを聞かなくなる」現象を読み解く。
酔った人の歩き方には、独特のリズムがある。まっすぐ歩いているつもりなのに、一歩ごとに体がわずかに横へ流れ、それを慌てて戻す。その繰り返しが、あの千鳥足になる。同じ頃、口のほうも怪しくなってくる。言いたいことははっきりしているのに、舌が一拍遅れてついてくる。
本人の感覚では、意識はまだしっかりしている。にもかかわらず、足と口だけが言うことを聞かない。実際には判断力のほうが先にゆるんでいるのだが、それは自分では気づけない。だから外から見て真っ先に「酔っている」と分かるのは、歩き方と喋り方になる。なぜ酔いは、そこにこれほどはっきり出るのだろう。
酔いは、濃度に沿って段階を踏む
まず前提として、酔いの深さは飲んだ杯数ではなく、血液中のアルコール濃度で決まる。厚生労働省の e-ヘルスネットや、アルコール健康医学協会の資料で示される目安では、血中濃度0.02〜0.04%が「爽快期」、0.05〜0.10%が「ほろ酔い期」、0.11〜0.15%が「酩酊初期」、0.16〜0.30%が「酩酊極期」、0.31〜0.40%が「泥酔期」、0.41%以上が「昏睡期」とされる。
注目したいのは、症状の並び順だ。判断力がわずかに鈍りはじめるのは、もう爽快期から。理性や抑制がゆるむのがほろ酔い期。気が大きくなり、立てばふらつくようになるのが酩酊初期。そして千鳥足になり、同じことを何度もしゃべり、吐き気や嘔吐が出るのは、その先の酩酊極期に位置づけられる。
つまり、はっきりした千鳥足は酔いの初期サインではない。それが出ている時点で、本人の自覚よりかなり深いところまで来ている可能性が高い。
なお同じ量を飲んでも到達する濃度は人によって大きく違う。体格や胃の状態でも変わるので、空きっ腹で飲むと早く酔う理由や少量でもしっかり酔う「純アルコール量」の考え方もあわせて押さえておきたい。
崩れているのは足ではなく、動きを補正する「小脳」
歩くという動作は、相当に高度な処理でできている。片足で立つたびに体は傾こうとし、脳はそれを絶えず検知して、多数の筋肉の出力を微調整し続ける。この「ずれを検知して補正する」役目を担っているのが、後頭部の下あたりにある小脳だ。
アルコールはこの小脳の情報処理を鈍らせる。動物のスライスや生体での実験では、エタノールが小脳の抑制性の伝達——GABAを介したブレーキ——を強めることが報告されている。とりわけよく知られているのが、小脳へ情報を運び込む入り口にあたる顆粒細胞での変化だ。シナプスの外に置かれたGABA-A受容体を介した持続的な抑制電流(トニック電流)が増強され、さらにゴルジ細胞から顆粒細胞への抑制も強まる。結果として、小脳が本来受け取るべき入力が目減りする。研究者はこれを、小脳が入力から切り離されていく状態になぞらえて説明している。
介在ニューロンからプルキンエ細胞へのGABA放出が増える、という報告もある。ただし、この層をめぐる報告は一様ではなく、回路のどこを見るかで結論が変わる。細部はまだ詰められている途中だと考えたほうがいい。
少なくとも言えるのは、補正の精度がわずかに落ちるだけで、歩行のように誤差の許されない動作は目に見えて崩れる、ということのほうだ。ずれを直す仕組みが少し狂えば、結果は大きく振れる。
呂律が回らないのも、同じしくみ
しゃべるという行為も、実は歩行と同種の運動だ。舌・唇・顎・喉・呼吸——これらをきわめて短い間隔で、正確なタイミングで動かして初めて、言葉は言葉の形になる。
だから、動きの微調整が鈍れば、真っ先に音がぼやける。子音の切れが甘くなり、語尾が伸び、リズムが平板になる。酔って呂律が回らないのは、主にこの運動制御がゆるむことによる。もっとも、濃度が上がれば言葉選びや話の筋道そのものも怪しくなるので、原因が運動面だけに限られるわけではない。
「天井が回る」ほうは、主に耳の中で起きている
横になった途端に天井がぐるぐる回りだす、いわゆるベッドスピン。こちらは主な舞台が変わり、内耳が中心になる。
耳の奥にある三半規管は、内リンパ液の動きで頭の回転の始まりと終わりを感じ取っている。そのセンサー部分であるクプラと、周囲の内リンパ液との比重がずれると、頭を動かしていないのに「回っている」という信号が脳へ送られてしまう。アルコールは水より軽く、クプラと内リンパ液とでは浸透する速さも違うため、この比重差が生まれる——これが古くから語られてきた説明だ。血中濃度が上がる局面と、下がっていく局面とで、眼振(目の揺れ)の向きが逆転することも知られている。夜中に一度目が覚めてからのほうが世界が回る、という体験は、濃度が下がっていく後半の局面と重なる。
もっとも、この比重差モデルには異論もある。2020年に発表された健常成人9名を対象とした小規模な研究は、飲酒による血清浸透圧の変化こそが原因ではないかと指摘し、従来説の根拠は弱いとしている。「アルコールが内耳のバランス感覚を狂わせている」という大枠は共通していても、その内訳はまだ書き換えの途中にある。
いちばん怖いのは、自分で気づけないこと
千鳥足・呂律・回る天井。これらに共通するのは、自分の状態を点検する側の働きも同時に鈍っている、という点だ。判断力の低下を判断力で気づくのは難しい——記憶が飛ぶブラックアウトや酔うと人が変わる現象とも、そこは地続きになっている。
だからこの段階では、本人の「まだ大丈夫」はあてにならない。酩酊時の事故としては転倒・転落が挙げられ、階段や駅のホーム、風呂場では実際に危険が増す。
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