なぜ酔うと、同じ話を何度もしてしまうのか——忘れているのは話の中身ではなく「誰に話したか」
酔った人が同じ話を繰り返すのは、話を忘れたからではない。記憶研究が示すのは、抜け落ちやすいのが「誰に話したか」の記憶だということ。しらふでも弱いその記憶を酒がさらに削る仕組みと、話し手・聞き手にできることを実験からたどる。
バーのカウンターで、隣の常連が言う。「この蒸溜所ってさ、実は——」。三杯目あたりで、同じ話が二度目に入る。言われた側は「さっきも聞いた」と思いながら、相づちを打つ。
酔った人はなぜ、同じ話を繰り返すのか。「酔って忘れっぽくなるから」で片づけたくなるが、よく見ると不思議な点がある。話の中身は、むしろよく覚えているのだ。だからこそ、二度目も同じ筋で、同じオチまで語りきれる。
この記事では、記憶研究の実験から、抜け落ちているのが「話の内容」ではなく「誰に話したか」のほうだ、という見立てをたどる。最後に、話し手と聞き手のそれぞれにできることも挙げる。
「誰に話したか」は、しらふでも覚えにくい
2009年、カナダの心理学者ナイジェル・ゴピーとコリン・マクラウドは、この「誰に話したか」の記憶に名前をつけた。デスティネーション・メモリー(行き先の記憶)。論文の副題は、英語圏で話の前置きに使われる決まり文句、「前に話していたら止めてくれ(Stop me if I've told you this before)」だった。
実験は単純だ。大学生60人を二組に分け、一方には画面に出る有名人の顔に向かって、短い豆知識を一つずつ「話して」もらう。もう一方は逆に、有名人から豆知識を「聞かされる」。あとで顔と知識の組を一つずつ見せ、それが本当に自分が話した(聞いた)組かどうかを判定してもらった。見せる組の半分は、わざと組み替えてある。
結果、豆知識そのものの記憶はどちらの組もよく保たれていた。差が出たのは、知識と顔の組み合わせのほうだ。誤って「はい」と答えた率を差し引いた正答率で、「聞いた」組が0.60だったのに対し、「話した」組は0.44にとどまった。
人から聞いた話の出どころより、自分が話した相手のほうが、そもそも記憶に残りにくい。酒が入る前から、人間はこういう作りになっている。
自分の話をしているときほど、相手が消える
なぜ話した側の記憶が弱いのか。著者らの説明は「注意の向き」だ。話している最中、人の注意は、どう話すか、どこまで話したかという自分の側に向いている。そのぶん、目の前の相手と話の中身を結びつける余力が残らない。
二つ目の実験がこれを裏づけた。豆知識の代わりに「私の星座は〇〇」といった自分自身のことを話してもらうと、組み合わせの正答の指標は0.21まで落ちた。同じ手順で一般的な豆知識を話した組は0.45だ。
ここで、バーのカウンターを思い出してほしい。「この一本はね」と始まるお気に入りの蘊蓄や、昔の失敗談。どれも、語り手が自分のことを語る話だ。実験は顔写真に向かって話す実験室の課題で、酒場とは違う。それでも「自分のことを話すと、相手との結びつきが残りにくい」という結果は、自分語りが増える酒席にそのまま重なって見える。
酒が削るのは「組み合わせ」の記憶
そこへアルコールが加わる。
米国立アルコール乱用・依存症研究所(NIAAA)の学術誌に載った、アーロン・ホワイトによる2003年の総説は、記憶への影響は1〜2杯から実験で検出できると述べている。少量での影響はささやかで、量とともに強まる。また、数秒間だけ情報を頭に置いておく力はおおむね保たれ、崩れやすいのは新しい出来事を長く残る記憶へ移す段階だという。だから酔った人も会話は普通にこなせる。
もう一つ、2019年に英ウォーリック大学のグループが発表した実験では、飲酒した参加者は単語の記憶そのものより、単語と単語の組み合わせの記憶で大きく成績を落とした。飲んだ量が多い人ほど、組み合わせの記憶の落ち込みは大きかった。
二つを重ねると、構図が見えてくる。何度も語ってきた鉄板の話は、とうの昔に記憶に定着している。酒で崩れにくいのはこちらだ。一方で「今夜、この人に、この話をした」という事実は、飲んでいる最中に新しく作られる組み合わせの記憶である。もともと弱いうえに、酒がもっとも削りやすい種類の記憶なのだ。
断っておくと、酔った状態で「誰に話したか」の記憶を直接測った実験は、調べた範囲では見つからなかった。ここまでは、しらふの実験とアルコールの実験をつないだ筆者の見立てである。なお、長年の大量飲酒が原因になりうるコルサコフ症候群の患者で、この記憶が損なわれていることを示した2016年の研究はある。ただしこれは病気の話で、一晩の晩酌と同列には扱えない。
「まだ話していない」という自信
同じ話をする人は、たいてい悪びれない。初めて話すつもりでいるからだ。
ゴピーらは2010年、高齢者(60〜83歳)と大学生を比べた実験も報告している。高齢者は「誰に話したか」の記憶が若者より21%劣っていたうえ、実際には話していた相手について「この人には話していない」と高い自信を持っていた。ゴピーは、この過信こそが同じ話の繰り返しを生むのだろうと述べている。
これは年齢の研究で、酔いについて調べたものではない。ただ、「話したかどうか覚えていない」と「話していないと思い込む」は別物だ、という点は酒席にも通じる。前者なら「前に話したっけ?」と確かめられるが、後者には確かめるきっかけがない。酔っている人ほど「酔ってない」と言うのと同じく、本人の実感はあてにならない。
話し手にできること、聞き手にできること
ゴピーとマクラウドの三つ目の実験には、ちょっとしたヒントがある。話す前に相手の名前を声に出して言うだけで、組み合わせの正答の指標は0.36から0.50へ上がった。注意を自分から相手へ戻すと、「誰に話したか」が残りやすくなる。
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