なぜ酔うと物が二重に見えるのか——壊れているのは「目」ではなく、二つの目をそろえる力
酔って友人の顔が二つに見えるのは、目が壊れたからではない。左右の視線を一点にそろえる「融像の余力」をお酒が削るからだ。実験データと、米警察が路上検査で「目」を見る理由、二重に見えたときの判断まで。
夜も更けたころ、ふと向かいの席の友人の顔が二つにずれて見える。グラスに手を伸ばすと、どちらが本物かわからない。目をこすっても、まばたきをしても、すぐには元に戻らない——。
漫画では、酔っぱらいの目は渦巻きで描かれ、見ている景色は二重にぶれて描かれます。あれは誇張ではあるものの、まったくの作り話でもありません。実験でも、ある程度以上お酒を飲むと、二つの目を協調させる働きがはっきり落ちることが確かめられています。
この記事では、酔うと物が二重に見えるしくみを、目の構造からではなく「二つの目をそろえる力」から説明します。あわせて、アメリカの警察が酔いの判定に「目」を使っている理由と、二重に見えたときにどう考えればよいかも整理します。
片目を閉じると、二重は消える
まず、簡単な確かめ方があります。物が二重に見えたら、片目を手でふさいでみてください。
MSDマニュアル(家庭版)は、両目で見たときだけ起きる複視(物が二つに見えること)について、どちらかの目を閉じると消えると説明しています。片目だけで見ても二重のままなら、それは目の中のレンズや角膜の問題であることが多く、原因は別にあります。
酔ったときの二重視が片目で消えるなら、それは目そのものが壊れたのではなく、左右の目の向きがそろわなくなったことを意味します。一つひとつの目は、それぞれちゃんと像を結んでいる。ただ、二つの像が脳の中で一枚に重ならなくなっているのです。
人の目は、もともと少しずれている
ここで意外な事実があります。多くの人の目は、力を抜くと、もともと少しだけ内側か外側にずれる癖を持っています。これを眼科では「斜位(しゃい)」と呼びます。
ふだん私たちがそれに気づかないのは、脳が目を動かす筋肉に指令を出し続けて、左右の視線を一点にぴたりと合わせているからです。このずれを打ち消して像を一つに保つ余力を「融像(ゆうぞう)の余力」と言います。いわば、二枚の写真を重ねるために、見えないところで常に微調整をしているわけです。
お酒が崩すのは、この微調整のほうです。
実験で見えた「そろえる力」の低下
2021年に科学誌『Scientific Reports』に載ったスペイン・グラナダ大学の研究は、この点をはっきり示しました。
21〜40歳の健康な30人に、ウォッカをオレンジジュースで割った飲み物を30〜40分かけて飲んでもらい、呼気1リットルあたり0.40mgのアルコール濃度で、目の働きを飲酒前と比べています。0.40mgは日本の酒気帯び運転の基準(0.15mg)の2.5倍あまりで、イギリスやアメリカの飲酒運転の基準に相当する濃度です。
結果は次のとおりでした。
- 左右の視線を寄せたり開いたりして像を一つに保つ余力(融像の余力)は、遠くを見るときも近くを見るときも、水平方向・垂直方向のすべてで小さくなった。
- 遠くを見るときの目の位置は、内側に寄る方向へずれた。
- 近くを見ながら、視線の寄せと開きを素早く切り替える力(輻輳フレキシビリティ)は、1分あたり14.1サイクルから8.6サイクルへ落ちた。
- 立体感の鋭さ(立体視)も大きく落ちた。
つまり、遠くを見るときの目のずれは少し大きくなり、それを打ち消す余力はすべての方向で小さくなる。この二つが同時に起きます。
なお、この実験の濃度では「二重に見えた」と訴えた人はいませんでした。さらに酔いが深まり、余力がずれを支えきれなくなると、二つの像は重ならなくなる——これが、酔って物が二重に見えるしくみだと考えられています。斜位を補正しきれなくなると、ときどき物が二重に見えることは、眼科ではよく知られた現象です。
南アフリカで行われた2016年の研究(赤ワインで血中濃度0.05%と0.10%に相当する状態を作って測定)でも、同じ傾向が見られました。0.05%では目のずれへの影響は小さく、0.10%になると、目のずれ、融像の余力、近くに視線を寄せられる限界のいずれにもはっきりした変化が出ています。酔いが深いほど崩れやすい、ということです。
なぜ「そろえる力」が先に落ちるのか
グラナダ大学の研究者たちは、理由をいくつか挙げています。一つはアルコールが神経の情報処理や伝達そのものを鈍らせること。もう一つは、目を外側へ動かす筋肉を受け持つ神経(第6脳神経、外転神経)にアルコールが影響しているという、先行研究の見方です。外側へ引く力が弱まれば、視線は内側へ寄りやすくなります。遠くを見たときに目が内寄りへずれたという結果と、つじつまが合います。
ただし、これらは研究者による説明の候補であって、どの経路がどれだけ効いているかまでは決着していません。「アルコールが、二つの目を細かく協調させる神経の働きを鈍らせる」という大枠は確かでも、その内訳はまだ研究の途中です。
ちなみに同じ研究では、瞳孔も5.6mmから6.3mmへ開いていました。論文は、瞳が開くことも網膜に映る像の質を落とす一因になりうるとしています。
警察が、酔っぱらいの「目」を見る理由
目の動きがアルコールで乱れることは、捜査の現場でも使われています。ただし警察が見るのは、ここまで説明してきた両目のそろい方ではなく、片目ずつの動きの乱れです。
アメリカの警察が飲酒運転の疑いがある人に行う路上検査(標準化フィールド・ソブリエティ・テスト)には、「水平注視眼振(HGN)」という項目があります。警官がペンなどを相手の顔の前で左右にゆっくり動かし、それを目だけで追ってもらうのです。
見るポイントは三つあります。
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