
WHY THIS TASTE
1929年、国産ウイスキー第1号として出荷された「サントリー白札」の系譜を継ぐ一本。当時はスコッチ譲りのピート香の強さが日本の嗜好に合わず商業的には苦戦し、その反省が翌1930年の赤札(現レッド)を生んだ。1964年に「サントリーホワイト」へ改称。現行は40度で、甘さを前に出さないシャープな辛口が基本設計になっている。2024年2月のリニューアルでは、ラベル中央の「Since 1923」が創業者、鳥井信治郎のサインに差し替えられた。

この味を生む蒸留所
山崎蒸溜所大阪府三島郡島本町、天王山の麓に立つ、日本初のモルトウイスキー専門蒸溜所である。1923年、サントリー創業者・鳥井信治郎が、本格的な国産ウイスキー造りを志し、スコットランドで学んだ竹鶴政孝を招いて建設した。鳥井は「天王山があって、木津川・桂川・宇治川の三川が合流するから朝靄もかかる、水質もいい、交通も便利だ」とこの地を選んだ理由を語っている。かつて茶人・千利休が茶室「待庵」を構えたほど水質に恵まれた土地でもある。三川合流による湿潤な気候が、熟成に適した環境を生む。多彩な木樽・原酒を仕込み分け、複雑な味わいを追求する。2023年に創業100周年を迎えた、日本ウイスキー発祥の地だ。
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サントリー ホワイトSuntory White
1929年、日本初の本格ウイスキー「サントリー白札」として発売。当初は大阪工場のスピリッツと山崎の原酒を混和する構成だったが、山崎原酒の熟成が進むにつれ、ピート香の強い辛口から徐々に洗練されていった。1964年に現在の「ホワイト」へ改称し、以来サントリーの大衆ブレンドの定番として続く。
山崎モルト原酒とグレーンウイスキーを主体に構成されるが、具体的な配合比は非公開。
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1961年、日本人はまだ観光で海外へ行けなかった。それでも寿屋は「トリスを飲んでHawaiiへ行こう!」と広告を打つ。芥川賞作家と直木賞作家がいた宣伝部から、日本のウイスキー広告が売ってきたものをたどる。

12年物のラベルの数字は、熟成年数であると同時に日付でもある。仕込みの判断と結果の確認が十年以上ずれる産業を、1962年にグラスゴーの在庫係として入った男と、設立から6年しのいだ会社からたどる。

裏ラベルの製造者名は「ニッカウヰスキー株式会社」。1946年の「現代かなづかい」で表記から外れたはずの「ヰ」が、なぜ酒売り場ではこの一社にだけ残るのか。井戸の「井」で登記しようとした逸話と、法律の側が「ウイスキー」で固まった理由をたどる。

山崎蒸溜所に金を出したのはサントリー創業者・鳥井信治郎だった。13歳の丁稚奉公で覚えた「調合」、赤玉ポートワインの成功、白札の失敗、そして同じ手で開き続けた無料の診療院。竹鶴政孝の影に隠れがちな、もう一人の主役をたどる。

「とりあえず角ハイ」の一杯には90年分の物語がある。白札の挫折、亀甲模様に賭けた鳥井信治郎、市場が6分の1に縮んだ冬の時代、そしてハイボールでの復活——角瓶が定番であり続ける理由をたどる。