なぜアメリカのウイスキーは度数を「プルーフ」で表すのか——数字が2倍になる理由
バーボンのラベルに躍る「100プルーフ」という表示。アルコール度数のことらしいが、なぜ「%」ではなく謎めいた数字なのか。そして数字が度数のちょうど2倍になるのはなぜか。黒色火薬で酒の強さを試した時代から、英米で分かれた計算方式まで、ラベルの数字に刻まれた歴史を読み解く。
アメリカのウイスキー、とりわけバーボンのラベルには、しばしば「100 PROOF」「90 PROOF」といった表示が躍る。日本で見慣れた「アルコール度数40%」とは別物のように見えるこの「プルーフ(proof)」とは、いったい何なのか。そして、なぜアメリカのプルーフは度数のちょうど2倍——100プルーフなら50%——になるのだろうか。数字の読み方から、「100プルーフ」がとりわけ特別な意味を持つ理由まで、ラベルに刻まれた歴史を読み解いていく。
「証明」を意味する言葉だった
プルーフ(proof)はもともと「証明・証拠」を意味する英語だ。まだ正確にアルコール濃度を測る技術がなかった時代、酒がきちんと強いことを「証明」する必要があった。16〜18世紀のイギリスでは、酒税を濃度に応じて課すために、酒の強さを見分ける実地試験が使われていた。
その代表が、いわゆる「ガンパウダー・プルーフ(黒色火薬試験)」である。酒を黒色火薬にしみこませ、火を近づける。火薬が燃えれば「十分に強い酒(above proof=プルーフ超え)」、湿って燃えなければ「弱い酒」と判定した。火薬に含まれる硝酸カリウムが水よりアルコールに溶けにくい性質を利用したもので、ちょうどアルコール度数57%あたりが燃えるか燃えないかの境目になる。この「燃える最低ライン」が、のちに英国式の「100プルーフ=ABV約57.15%」として定着していく。度数から英国式プルーフに直すには、おおよそ度数に7/4を掛ければよい(40%なら約70プルーフ)。
科学が試験に取って代わる
火薬試験はあくまで目安で、精度に欠けた。19世紀に入ると、液体の比重からアルコール濃度を正確に割り出す比重計が実用化される。1816年にバーソロミュー・シケスが考案した「シケス比重計」はまもなくイギリスの法定計器となり、火薬試験は役目を終えた。それでも「100プルーフ=57.15%」という基準値そのものは、火薬時代の名残として長く生き続けた。
イギリスがこの英国式プルーフを正式に廃止したのは、意外にも1980年のこと。以降はEUの流儀にならい、私たちがよく知る「アルコール度数〇〇%(ABV)」の表記へと切り替わった。
アメリカは「2倍」というシンプルな道を選んだ
一方、大西洋を渡ったアメリカは、より分かりやすい方式を採った。1848年、アメリカは「アルコール度数50%を100プルーフとする」と定めた。つまりプルーフの数字は、度数(ABV)をそのまま2倍したものになる。50%を基準に選んだのは、当時の強い酒の標準的な度数がそのあたりだったからで、深い理由があるわけではない。
換算はいたって簡単で、迷ったらプルーフを2で割れば度数になる。
- 80プルーフ = 40%
- 90プルーフ = 45%
- 100プルーフ = 50%
- 101プルーフ = 50.5%
たとえば「80 proof」と書かれたバーボンは度数40%、日本で標準的なウイスキーと同じ強さだ。ワイルドターキーの定番「101」にいたっては、銘柄名の数字がそのまま101プルーフ=度数50.5%を指している。バーボンらしい厚みは、この高めの度数にも支えられている。

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