なぜブラントンは「バーボンの常識を変えた一本」なのか——世界初のシングルバレルと、8つの栓に隠された物語
バーで目を引く丸いボトルと馬の栓。ブラントンは見た目だけの酒ではなく、世界初のシングルバレルとしてバーボンの歴史を変えた一本だ。名の由来、栓の秘密、そして日本との深い縁を読み解く。
丸みを帯びたボトルの上に、駆ける一頭の馬。バーのバックバーで目を引くブラントンは、「なんとなく特別そう」という理由で選ばれることも多い。けれどこの一本は、見た目の華やかさだけの酒ではない。バーボンの歴史そのものを書き換えた、記念碑的な一杯なのだ。
この記事では、ブラントンがなぜ「世界初」と呼ばれるのか、その名前と栓に隠された物語、そしてなぜこれほど日本と縁が深いのかを読み解く。
世界初の「シングルバレル」——1984年に生まれた革命
いまでこそ当たり前になった「シングルバレル(単一の樽から瓶詰めした)」という言葉。これを世界で初めて商品として名乗ったのが、1984年に登場したブラントンだ。
仕掛けたのは、引退を目前にした名蒸留家エルマー・T・リー。それまでバーボンといえば、多くの樽をブレンドして均一な味に仕上げるのが常識だった。そこへ彼は「一樽ずつ、樽ごとの個性のまま瓶詰めする」という真逆の発想を持ち込み、プレミアムバーボンという新しいカテゴリーを切り拓いた。だからこそブラントンは、ラベルに樽番号や瓶詰め日が手書きされている。一本ごとに中身が少しずつ違う、という思想の表れだ。
Blanton's Original Single Barrel
🇺🇸 アメリカ ・ バッファロートレース蒸留所 ・ バーボン ・ NAS ・ 46.5%
名前の由来は、ある「樽の目利き」
「ブラントン」の名は、リーが若手だった1940年代末に仕えたアルバート・B・ブラントン大佐にちなむ。大佐は要人をもてなすとき、蒸留所の「ウェアハウスH」という金属外壁の熟成庫から、とっておきの“ハニーバレル(蜜の樽)”を選び、一樽だけを特別に瓶詰めさせていた。
金属の壁は外気の寒暖を素早く庫内に伝え、ケンタッキーの四季の温度差が原酒を濃く育てる。リーはこの大佐の習慣を再現し、恩人の名を冠して世に出した。ブラントンとは、一人の「樽の目利き」へのオマージュなのである。
8つの栓に隠された、アルファベットの遊び心
ブラントンを語るうえで外せないのが、栓の上の馬と騎手。実はこの栓は8種類あり、それぞれ走りのポーズが少しずつ違う。競馬が盛んなケンタッキーらしく、スタートからゴールまでのレースの各場面を写し取っているのだ。
さらに粋なのは、各栓に小さく一文字ずつ刻まれ、8つ集めると「B・L・A・N・T・O・N・S」と綴られること。二つ目のNには「:(コロン)」が添えられている。飲み終えた栓を並べて名前を完成させる——このコレクション性が、世界中のファンを夢中にさせてきた。
なぜ日本とこれほど縁が深いのか
ブラントンは発売後ほどなく、本国アメリカ以上に、日本をはじめとする海外で熱狂的に受け入れられた。こうした日本での高い評価を背景に、1992年には日本の宝酒造が、ブランドを保有していたエイジ・インターナショナル社を買収している。
現在も造りはバッファロートレース蒸留所が担う一方、ブランドの権利は日本企業の側にある。日本のバーや店頭でブラントンをよく見かけるのには、こうした縁があるからだ。度数を高めた濃厚なゴールドエディションも、日本では特別な一本として親しまれてきた。

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