飲みすぎると、なぜ吐き気がするのか——胃・血液・耳の三方向から届く「もう入れるな」の信号
飲みすぎた夜のむかむかは、胃の粘膜への刺激と胃の動きの鈍り、血中のアセトアルデヒド、内耳の平衡感覚の乱れという三つの入口から届く。吐けば酔いは醒めるのか、どこからが危険か、ウイスキー好きにできる手当てまで整理する。
楽しく飲んでいたはずが、ある杯を境に胃のあたりがむかむかしはじめる。立ち上がると、ふっと気持ちが悪くなる。横になったら天井が回り、トイレに駆け込む——。飲みすぎた夜の吐き気は、多くの人が一度は経験しているはずです。
あの吐き気は、どこから来ているのでしょうか。じつは発生源は一つではありません。胃そのもの、血液に乗って脳へ届く物質、そして耳の奥のバランス感覚。少なくとも三つの方向から、「もう入れるな」という信号が同時に送られてきます。
この記事では、その三つの経路を順に見たうえで、吐くと楽になるのか、どこからが危ないのか、ウイスキー好きとしてできる手当てまでを整理します。
吐き気の「司令塔」は脳の奥にある
まず全体の地図から。吐き気や嘔吐は、胃が勝手に起こしているわけではありません。脳の下のほう、延髄にある神経のネットワークが、いくつもの入力を受けて最終的に「吐く」という一連の動きを組み立てています。
入力のおもな入口は、次の三つとされます。
- 胃や腸から迷走神経を通って届く信号
- 血液中の物質を感知する部位(延髄の「最後野」にある化学受容器引金帯。この部分は血液脳関門がゆるく、血中の毒性物質を直接感じ取れる)
- 耳の奥の前庭器(平衡感覚)からの信号(乗り物酔いはこの経路の代表)
飲みすぎた夜は、この三つの入口がそろって刺激されやすい状態になっています。一つずつ見ていきましょう。
入口1:胃が荒れて、出口が渋滞する
いちばん直接的なのは胃です。米国立アルコール乱用・アルコール依存症研究所(NIAAA)は、アルコールが胃の粘膜を直接刺激し、胃酸の分泌を増やすこと、それが吐き気や胃の不快感につながりうることを説明しています。
度数の高い酒については、もう少し踏み込んだ報告があります。NIAAAの機関誌に掲載された消化管とアルコールの総説(1997年)によれば、アルコール濃度が10%以上になると胃粘膜のバリアが乱れ、透過性が高まる。さらに、一度の大量飲酒だけでも粘膜の炎症や出血性の病変が起こりうるとされています。ストレートのウイスキー(40%前後)は、この「10%」を大きく超えて胃に入る飲み物です。
もう一つが、胃の出口の渋滞です。同じ総説は、およそ15%を超える高濃度の酒は胃の動きを抑えるようだと述べ、食べ物が胃にとどまる時間が延びることで、膨満感や腹部の不快感につながりうると指摘しています。
これを実際に確かめた研究もあります。2013年に『Journal of Gastroenterology』へ発表されたポーランドの試験では、健康な人が固形の食事をとったあとにビール(4.7%)、赤ワイン(13.7%)、ウイスキー(43.5%)を飲むと、いずれも胃から食べ物が出ていくのが遅くなり、その遅れはエタノール濃度が高いほど大きかった。口から入った食べ物が大腸の入口に届くまでの時間も、ウイスキーでは大きく延びた一方、ビールと赤ワインでは延びませんでした。
胃が荒れているうえに、中身がなかなか先へ進まない。むかむかの土台は、まずここでできあがります。
入口2:血液に乗って届く「毒の知らせ」
二つ目は、血液を経由するルートです。飲んだアルコールは肝臓で分解され、その途中でアセトアルデヒドという物質ができます。顔を赤くし、動悸や頭痛を起こす、あの物質です。
厚生労働省のe-ヘルスネットは、ビールコップ1杯程度の少量で顔面紅潮・吐き気・動悸・眠気・頭痛などが起きる状態を「フラッシング反応」と呼び、アセトアルデヒドを分解する酵素(ALDH2)の働きが弱い人に多いと説明しています。顔が赤くなる体質の人が少量でも気持ち悪くなりやすいのは、このためだと考えられます。
先に挙げた「最後野」は、血液中の毒性物質を感知して吐き気を起こす部位です。アルコールやアセトアルデヒドがこの部位をどの程度直接刺激しているのかについては、一般向けに断定的に語られることもありますが、細かな仕組みまで確かめられているわけではありません。ただ、「体にとって有害なものが血中に増えると、脳が吐き気で知らせる」という大枠は、ほかの薬や毒による吐き気と同じ構図です。
入口3:天井が回ると、胃もつられる
三つ目は耳です。酔って横になったとたんに天井がぐるぐる回る——あの感覚は、主に内耳の平衡感覚がアルコールで狂わされることで起きると考えられています(仕組みと諸説は千鳥足と回る天井の記事で詳しく扱いました)。
平衡感覚の混乱は、それだけで吐き気の強い引き金になります。乗り物酔いと同じ経路です。胃が荒れ、血中にアセトアルデヒドが増えているところへ、目が回る信号まで加わる。飲みすぎた夜の吐き気が、横になってから急に強まることがあるのは、こうした入力の重なりで説明できます。
吐けば楽になる?——酔いはそこで止まらない
吐いたあと少し楽になるのは、胃に残っていた刺激物が出て、胃からの信号がいったん弱まるためでしょう。ただし、酔いが醒めたわけではありません。
アルコールは胃ではゆっくり、小腸に入ると速やかに吸収されます。吐いても、すでに血液に入ったアルコールが減るわけではありません。小腸へ進んだぶんの吸収が続けば、血中濃度はその後もしばらく上がることがあります。
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