なぜキリンのウイスキーは「知る人ぞ知る」存在なのか——世界一のグレーンを造る富士山麓の巨人
「陸」も「富士山麓」も、造っているのはキリン。世界最高のグレーンを4度も獲りながら、なぜ二強の陰に隠れてきたのか——富士御殿場蒸溜所、日本第三の巨人の話。
スーパーの棚で「陸」を見かけたことがあるだろう。少し前なら、居酒屋のハイボールで「富士山麓」の名を覚えた人も多いはずだ。だが、それらを造っているのがキリンだと即答できる人は、どれくらいいるだろうか。日本のウイスキーはサントリーとニッカの物語で語られがちだが、この国には半世紀にわたってウイスキーを造り続けてきた「第三の造り手」がいる。この記事では、富士御殿場蒸溜所の出自と実力、そしてなぜキリンのウイスキーが「知る人ぞ知る」存在にとどまってきたのかを読み解く。
出発点は「世界連合」だった
キリンのウイスキーは、生まれからして二強とまったく違う。1972年、麒麟麦酒は米JEシーグラム、スコッチの名門シーバス・ブラザーズとの3社合弁で「キリン・シーグラム」を設立した。翌1973年、富士山のふもと・静岡県御殿場に蒸溜所が完成し、1974年には最初のブレンデッド「ロバートブラウン」が発売される。
サントリーとニッカが「日本人が本場に学び、持ち帰った」物語だとすれば、キリンは最初から本場を「連れてきた」。スコッチのモルトのノウハウと、アメリカンウイスキーのグレーンの技術が、ひとつの蒸溜所に同居する——この出自が、いまに続く個性を決めた。なお合弁は2002年に解消され、以後はキリン100%出資のキリンディスティラリーとして続いている。
標高620メートル、霧の蒸溜所
富士御殿場蒸溜所は標高約620メートル、富士山の東麓に立つ。夏でも冷涼で霧が多く、仕込み水には、富士山に降った雨や雪が長い年月をかけて濾過された伏流水を地下から汲み上げて使う。モルトウイスキーとグレーンウイスキーの両方を一か所で仕込み、蒸留し、熟成させ、瓶詰めまで行う「一貫造り」の複合蒸溜所は、世界でも多くない。
主役は、脇役のはずの「グレーン」
ウイスキーの世界でグレーンは長らく「ブレンデッドのかさ増し役」と見なされてきた。キリンはその常識に、設備で反論する。御殿場には性格の異なる3タイプのグレーン蒸留設備が並ぶ。すっきり軽やかな原酒を生む「マルチカラム」、やかんでお湯を沸かすような原理で芳醇な原酒を生む「ケトル」、そしてシーグラム由来・バーボン造りの流れをくむ「ダブラー」は重厚な原酒を生む。3タイプを使い分ける蒸溜所は世界的にも稀だ。
その実力は受賞歴が示している。2016年、「富士御殿場蒸溜所シングルグレーンウイスキー25年スモールバッチ」がワールド・ウイスキー・アワード(WWA)で「ワールドベストグレーン」に選ばれると、以後も受賞を重ね、2020年には30年ものが4度目の世界最高賞に輝いた。「グレーンだから軽い脇役」という思い込みは、御殿場の前では通用しない。その受賞原酒の系譜につらなる市販ボトルが、シングルグレーンの「富士」だ。
このコラムの関連
関連するボトル


次に読む

週70時間のバーボン工場と、12人のエンジニア——ウイスキーの現場で争われている「時間」
スコッチとバーボンの現場では、この10年ストライキがくり返されてきた。争われているのは賃上げだけではない。残業、シフト、そして「休暇1日=7時間12分」という計算式だ。

なぜスコッチの蒸溜所は、1回の蒸溜を3分で終えたのか——酒ではなく「スチルの容量」に税をかけた法律
18世紀の末から19世紀の初め、ローランドには1回の蒸溜を3分で終えた蒸溜所があった。税額が造った酒の量ではなく「スチルの容量」で決まったため、造り手は浅く広い皿のようなスチルを回し続けた。制度が酒の形を変えた記録。




