なぜウイスキーづくりには「水」がそんなに大切だと言われるのか——仕込み水と水源の話
蒸留所の広告にきまって登場する「清らかな水」。だがウイスキーの味は本当に水源で決まるのか。水が使われる三つの場面、蒸留がミネラルを置き去りにする仕組み、それでも糖化や発酵で水が効く理由まで、ロマンと事実を切り分けて読み解く。
蒸留所のパンフレットや広告には、きまって「清らかな水」が登場する。深い森を抜けた伏流水、何百年もかけて岩盤を通り抜けた湧き水——そんな描写を目にすると、ウイスキーの味は水源で決まるのだと思えてくる。だが本当に、水はそれほどまでに味を左右するのだろうか。「なぜウイスキーづくりには水が大切だと言われるのか」を、ロマンと事実を切り分けながら見ていきたい。
水は三つの場面で使われる
まず押さえておきたいのは、ウイスキーづくりで水が使われる場面はひとつではない、ということだ。
大きく分けて三つある。ひとつめは糖化(マッシング)。粉砕した麦芽に温水を加え、デンプンを糖に変えて甘い麦汁を取り出す工程で、ここで使う水を「仕込み水」と呼ぶ。ふたつめは発酵で、酵母が糖を食べてアルコールを生む。みっつめは、樽から出した高い度数の原酒を瓶詰め用に薄める**加水(割り水)**だ。じつは製品の中に残る水でいえば、この最後の割り水がもっとも多くを占める(蒸溜所全体で最も大量に使われるのは、製品に一滴も入らない冷却水のほうだ)。
「水源の水」がそのまま最終的な一本に入っているわけではない、という点がここで見えてくる。
蒸留が水を「置き去り」にする
水源のロマンに冷や水を浴びせるのが、蒸留という工程だ。もろみを加熱してアルコールと香り成分を蒸気として取り出すとき、水に溶けていたミネラルの大半は蒸留釜に残されて、留液には移らない。つまり仕込み水のミネラルが、そっくりそのまま瓶の中まで届くわけではないのだ。
実際、多くの蒸留家は「水質が最終的な風味に与える影響はせいぜい数パーセント程度」と考えている。凝縮された香り成分の存在感が圧倒的で、微量のミネラルの差はかき消されてしまう、という理屈である。ここは「水源が味の大半を決める」というイメージとの、いちばん大きなギャップだろう。
それでも水が効く場面はある
では水はどうでもよいのかというと、そうではない。効き方が、宣伝文句とは少し違うだけだ。
もっとも科学的な裏づけがあるのは糖化の場面だ。カルシウムやマグネシウムを含む硬めの水は、デンプンを糖へ分解する酵素の働きを助け、糖化を効率よく進めるとされる。逆に炭酸水素塩の多い水はもろみのpHを上げ、酵素の働きを鈍らせることがある。発酵でも、これらのミネラルは酵母の増殖に欠かせない。水は「風味の絵の具」というより、製造プロセスを支える土台として効いている、と捉えるのが実態に近い。
ただし、ここで注意したいのは、「糖化の効率」と「最終的な酒質」は別レイヤーの話だということだ。硬水が糖化や発酵を助けることと、硬水が特定の風味を生むことは、必ずしも同じ方向を向かない。事実、ディアジオ社のマスターブレンダーが行ったとされる調査では、軟水の多いスペイサイドではむしろ重めでフルーティな酒質が、硬水のアイラやハイランドでは軽く甘い酒質が生まれやすいという傾向が報告されている。直感とは逆の結果で、それだけ水と酒質の関係が単純でないことを物語っている。
硬水の蒸留所という例外
スコットランドの多くの蒸留所は軟水を使うが、例外もある。グレンモーレンジィは、砂岩層をくぐって湧くターロギー・スプリングスの硬水を用いることで知られ、この水のカルシウムやマグネシウムがフルーティな個性を生んでいる、としばしば語られる(あくまで一説で、確定した因果ではない)。

Glenmorangie The Original 10 Year Old
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