なぜウイスキーは「大麦の品種」で味がほとんど変わらないと言われてきたのか
ワインならブドウの品種が味を大きく左右する。ではウイスキーの大麦は? 業界では長らく「品種より収量」とされ、風味への影響は小さいと考えられてきた。だが近年、その常識に挑む蒸留所と科学研究が現れた。ゴールデンプロミス神話とテロワール論争から読み解く。
ワインを選ぶとき、私たちはカベルネかピノ・ノワールかと品種を気にする。ならばウイスキーの原料である大麦にも、同じように「品種ごとの味」があるはずだ——そう考えるのは自然だろう。ところが業界の常識は長らく逆だった。「大麦の品種はウイスキーの風味をほとんど変えない」。なぜそう言われてきたのか。そして、その常識はいま揺らいでいる。
蒸留所が品種を選ぶ本当の基準
モルトウイスキーの造り手が大麦を選ぶとき、最優先されるのは味ではなく「収量」だ。より正確には、一定量の麦芽からどれだけ多くのアルコールが取れるか(スピリッツ・イールド)である。デンプンを効率よく糖に変え、発酵で無駄なくアルコールに変えられる品種ほど、同じ設備でより多くの酒を生む。
大麦の品種は数十年単位で移り変わってきた。1960年代に登場した「ゴールデンプロミス」、その後の「オプティック」「コンチェルト」「ローレイト」など、主力品種はほぼ10年ごとに世代交代している。理由は単純で、より収量が高く、病害に強い新品種が出れば農家も蒸留所も乗り換えるからだ。蒸留の現場では長年、蒸留後の酒質を決めるのは酵母・発酵・蒸留器の形・そして樽であって、大麦の品種そのものの寄与は無視できるほど小さい、という経験則が共有されてきた。
「ゴールデンプロミス神話」の正体
とはいえ、品種にこだわる造り手もいる。よく語られるのがマッカランと「ゴールデンプロミス」の関係だ。ゴールデンプロミスは収量こそ現代品種に劣るが、オイリーでリッチな口当たりを生むとされ、マッカランの初期の名声を支えた品種のひとつと言われる。
ただしここは慎重に扱いたい。「ゴールデンプロミスだから重厚になる」という説には諸説あり、当時の酒質は品種だけでなく、直火蒸留や小ぶりのスチル、シェリー樽など多くの要因の合算だった可能性が高い。品種の寄与を単独で取り出すのは難しく、「神話」として語られる部分と実証された部分は分けて考える必要がある。
テロワールは存在するのか——科学が出した答え
この論争に一石を投じたのが、ワイン出身のマーク・レイニアだ。彼はブルックラディで「テロワール(産地の個性)」の概念をウイスキーに持ち込み、のちにアイルランドにウォーターフォード蒸留所を設立して、畑ごとの違いを徹底的に追いかけた。
決定打となったのが、2021年に学術誌『Foods』で発表された研究である。ウォーターフォード蒸留所、アイルランドのティーガスク、オレゴン州立大学が共同で、2品種の大麦(オリンパスとローレイト)を、アイルランド国内の2つの異なる環境で、2シーズンにわたり同一条件で栽培・製麦・蒸留した。その結果、ニューメイク(新酒)の香りには明確な差が生まれた。そして興味深いことに、香りへの影響は「品種そのもの」よりも、「栽培環境」および「品種×環境の相互作用」のほうが大きかったのだ。
つまり、大麦は確かにウイスキーの風味に影響する。ただし効くのは品種の名前というより、その大麦がどこでどう育ったか、という文脈のほうだった——というのがこの研究の含意である。なお、これはあくまで蒸留直後の新酒での測定であり、長期の樽熟成を経てどこまで残るかは別の問いとして残る。
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