ウイスキーで胸やけがするのはなぜか——胃酸を増やすのはむしろビールとワイン。蒸溜酒で起きているのは「逆流」のほう
飲んだ夜のみぞおちのジリジリ。研究では、胃酸の分泌を強く促すのはビールやワインで、ウイスキーはほとんど増やさない。それでも胸やけが起きるのは、酒の種類を問わずアルコールが胃と食道の境の「弁」をゆるめ、逆流を招くからだ。
ハイボールを何杯か重ねた夜、布団に入ったころに、みぞおちの上がジリジリと焼けるような感じがする。翌朝、口の中が酸っぱい。ウイスキー好きなら、一度は覚えのある不快感だろう。
「強い酒だから胃が荒れて、胃酸が出すぎるのだ」と考えがちだ。ところが研究をたどると、話は少し違う。胃酸の分泌を強く促すのは、むしろビールやワインのほうだった。ウイスキーで起きている胸やけの主役は、胃酸の「量」ではなく「逆流」である。
この記事では、胸やけの正体、ウイスキーと醸造酒の意外な違い、それでも胸やけが起きる理由、そして起こしにくい飲み方を順に見ていく。なお、ここで扱うのは一般的な仕組みの話だ。症状が続く場合は、自己判断せず医療機関に相談してほしい。
胸やけの正体は「胃酸の逆流」
日本消化器病学会の患者向けガイド(胃食道逆流症ガイド2023)は、胸やけを「みぞおちの上の焼けるようなジリジリする感じ、しみる感じ」と説明している。原因の多くは、胃の中の酸が食道へ逆流することだ。
胃の壁は粘液などに守られていて、ふだんは胃酸で胃そのものが消化されることはない。一方、食道は酸に対する守りが弱い。そのため、本来は胃と食道のつなぎ目(下部食道括約部)が弁のように閉じて、逆流を防いでいる。
ただし、この弁は完璧ではない。同じガイドによれば、健康な人でも食後には胃酸が逆流することがあり、その時間は1日のわずか4%以下だという。逆流は食後2〜3時間までに起こりやすい。飲み会のあと、帰宅して横になったころに胸やけが来るのは、時間の上でも理にかなっている。
のどが焼けるのとは、別の現象
ストレートのウイスキーを飲んだ瞬間、のどから胸にかけてカッと熱くなる。これも「胸が焼ける」と表現されることがあるが、胸やけとは別物と考えたほうがよい。
飲んだ瞬間の熱さは、高い濃度のアルコールが口やのどの粘膜に触れて生じる刺激だ(その仕組みは「なぜウイスキーは喉が焼けるのか」で詳しく扱った)。胸やけは、飲み終えてしばらくしてから、胃から上がってきた酸によって起こる。タイミングが違えば、原因も違う。
意外な事実:ウイスキーは胃酸をほとんど増やさない
ドイツ・ハイデルベルク大学(マンハイム)のジンガー教授らの研究グループは、酒の種類と胃酸の分泌の関係を調べてきた。1997年に医学誌『Gut』に発表された研究では、健康な16人に、発酵だけでつくる酒(ビール、ワイン、シャンパン、ベルモット〈マルティーニ〉、シェリー)と、蒸溜酒(ウイスキー、コニャック、カルヴァドス、アルマニャック、ラム)を飲んでもらい、胃酸の量を測った。
結果ははっきり分かれた。発酵だけの酒はいずれも胃酸の分泌を大きく高めた。一方、ウイスキーを含む蒸溜酒は、対照(ブドウ糖液や水)と比べて有意な影響を示さなかった。研究チームは、胃酸を促す成分は発酵の段階でつくられ、蒸溜で取り除かれる可能性が高いと結論している。
同じグループは1999年、その正体をマレイン酸とコハク酸だと突き止めた。どちらも発酵の過程で生じる酸だ。ウイスキーとビールは、同じ麦芽から出発しても、蒸溜するかどうかで胃への作用まで変わるわけだ。
ちなみに、別の研究(1993年)では、白ワインやビールを飲んだあとに逆流が増え、その増え方はアルコール濃度でも酸性度でも説明できなかった。同じ濃度のエタノール水溶液では水と差がなかったので、醸造酒が逆流を起こしやすい理由にも、アルコール以外の成分が関わっているらしい。
それでも、ウイスキーで胸やけは起きる
では、ウイスキーなら胸やけしないのか。そうはいかない。胃酸を「増やす」かどうかと、胃酸を「逆流させる」かどうかは、別の問題だからだ。
1978年に同じく『Gut』に載った研究では、健康な若者12人に、標準的な食事と一緒に100プルーフ(アルコール度数50%)のウォッカ180mlか、同量の水を飲んでもらい、食後3時間の食道の酸度を測った。すると、12人中11人で、ウォッカを飲んだときのほうが逆流が増えていた。量はウイスキーのダブル(60ml・40%)に換算すると4杯近くで、飲み会では珍しくない量だ。
なぜ逆流が増えるのか。スペインの研究者ブハンダによる総説(2000年)は、アルコールは種類や量にかかわらず、下部食道括約部の圧力を下げ、食道の動きを弱めることで、胃食道逆流症を起こしやすくすると整理している。弁がゆるみ、逆流した酸を胃へ押し戻す力も弱まる。胃酸の量が変わらなくても、胸やけは起きうるのだ。
飲む頻度との関係も報告されている。29の観察研究をまとめた2019年のメタ解析では、飲酒する人は、飲まない人やたまにしか飲まない人に比べ、胃食道逆流症との関連がオッズ比で約1.5倍だった。週3〜5回より多く飲む人では、オッズ比で約2.1倍に上がった。ただし観察研究の集計なので、因果関係まで言い切れるものではない。研究によって結果がばらつくことも、以前から指摘されている。
ハイボールの夜は、条件がそろいやすい
前述のガイドは、胃食道逆流症の人が食事面で避けたほうがよいものとして、食べ過ぎ、就寝前の食事、高脂肪食、甘いもの、アルコール、チョコレート、コーヒー、炭酸飲料、柑橘類などを挙げている。生活面では、腹部の締め付け、前かがみの姿勢、右を下にして寝ることも挙がっている。
これを居酒屋のテーブルに当てはめると、少しどきりとする。炭酸で割ったウイスキーに、レモン。つまみは唐揚げ。締めにラーメン、家に帰ってチョコレートとストレートをもう一杯。ガイドが挙げる項目が、一晩でいくつも重なっている。
ハイボールそのものが悪いというより、胸やけの引き金になりやすい条件が、晩酌の場には集まりやすいということだ。
このコラムの関連
関連する製法
次に読む

ボイラーメーカーとは何か——ビールとウイスキーを「並べて飲む」一杯は、なぜ世界中の酒場にあるのか
ウイスキーのショットとビールを組み合わせる「ボイラーメーカー」。名前が定着したのは1930〜40年代のアメリカ。同じように混ぜずに並べる飲み方は、スコットランドの「ハーフ・アンド・ア・ハーフ」やフィラデルフィアの「シティワイド」など各地にある。歴史と合わせ方を整理する。

なぜハイボールは唐揚げに合うのか——「炭酸が脂を流す」は本当か。渋みと脂の「綱引き」から読み解く
唐揚げにハイボールが合う理由は「炭酸が脂を洗い流すから」とよく言われる。だが、それを直接確かめた研究は見当たらない。確かめられているのは、渋みが脂のぬるっとした感覚を打ち消すこと。炭酸・度数・苦み・冷たさから、あの相性を分解する。

