
WHY THIS TASTE
1946年に生まれ、戦後の洋酒ブームを牽引したトリスの現行版。キーモルトは白州蒸溜所のシェリー樽熟成モルトで、スパニッシュオーク由来の熟成香を、オイリーな白州モルトのボディが下支えする構成になっている。度数は37度と低めに抑えられ、ハイボールにしたときの軽さと飲み口のよさを優先した設計。同じサントリーの定番でも、バーボン樽原酒主体で40度の角瓶とは、樽と度数の両方で性格が分かれる。

この味を生む蒸留所
山崎蒸溜所大阪府三島郡島本町、天王山の麓に立つ、日本初のモルトウイスキー専門蒸溜所である。1923年、サントリー創業者・鳥井信治郎が、本格的な国産ウイスキー造りを志し、スコットランドで学んだ竹鶴政孝を招いて建設した。鳥井は「天王山があって、木津川・桂川・宇治川の三川が合流するから朝靄もかかる、水質もいい、交通も便利だ」とこの地を選んだ理由を語っている。かつて茶人・千利休が茶室「待庵」を構えたほど水質に恵まれた土地でもある。三川合流による湿潤な気候が、熟成に適した環境を生む。多彩な木樽・原酒を仕込み分け、複雑な味わいを追求する。2023年に創業100周年を迎えた、日本ウイスキー発祥の地だ。
蒸留所の詳細を見る →このボトルのブランド
トリスTorys
1946年、創業者・鳥井信治郎が戦後の混乱期に「まがい物ではない酒」として送り出した大衆ブレンド。名は「鳥井のもの」に由来する。1989年の酒税法改正後はモルトウイスキー・グレーンウイスキー・原料用アルコールを組み合わせる構成となり、手頃な価格で親しまれる大衆ブランドとして今も定番の地位を保つ。
構成比は非公開だが、サントリー自社の山崎・白州(モルト)と知多(グレーン)が原酒供給元となる。
このブランドの他のボトルを見る →
同じグレンフィディック12年が、英国の高級スーパーでは£44、日本では3,960円から。価格差5,500円のうち税で説明できるのはどこまでか。日英の酒税を一次資料の数字で分解し、スコットランドの最低単価規制まで確かめる。

酒売り場の「洋酒」の札。だが酒税法にも施行令にも施行規則にも、その言葉は一度も出てこない。それでも免許の区分名、組合の名前、統計の名前として生き続け、ジャパニーズウイスキーの自主基準を作ったのも、その「洋酒」の組合だった。

ウイスキー一杯で赤くなる体質は、世界80,691人ぶんのデータを重ねても東アジア以外にほぼ存在しない。しかも日本のなかでさえ、秋田と三重では大きく違う。その分布と起源、そして飲み手が本当に知るべき数字を追う。

酒屋の棚から一本を選べること。この当たり前を、日本は一度まるごと失っている。一世帯ひと月四合の配給、切符と交換したビール、そして配給が解けたあとも十五年続いた価格の統制を、記録でたどる。

缶ビールや缶チューハイのふたに指を置くと、小さな点の並びがある。読むと「おさけ」。銘柄も度数も書かれていない。宝酒造が1995年に「国内初」として缶チューハイに入れたこの三文字が、法律上の義務でもないのに打たれ続けている理由をたどる。

終戦直後の日本では、酒の顔をした別の液体が売られていた。軍から放出されたメチルアルコールと、厚生省統計が残した1年間の数字。なぜ「目」だったのか、そしてウイスキーはなぜ無事なのかを資料からたどる。