なぜお酒の缶のふたには、点字で「おさけ」と書いてあるのか——銘柄も度数も語らない三文字の話
缶ビールや缶チューハイのふたに指を置くと、小さな点の並びがある。読むと「おさけ」。銘柄も度数も書かれていない。宝酒造が1995年に「国内初」として缶チューハイに入れたこの三文字が、法律上の義務でもないのに打たれ続けている理由をたどる。
冷蔵庫から缶を出したとき、プルタブの脇に指を置いてみてほしい。ざらりとした小さな点の並びがある。読むと「おさけ」。缶ビールにも、缶チューハイにも、同じものが打たれている(飲み口を締め直せるボトル缶など、一部の容器は例外になる)。
一方、棚に立っているウイスキーの瓶を上から下まで触っても、そこには何もない。ラベルは印刷されているだけだ。
なぜ缶にだけ、あの点があるのか。 そして、なぜ「おさけ」としか書かれていないのか。
あの点字は、中身について何も語らない
確かめておきたいのは、点が何を伝えているかだ。
サッポロビールは、缶のふたの点字を「おさけ」と表示していると案内している。ビール・発泡酒・その他の醸造酒・リキュールとも共通で「おさけ」——通常サイズの缶では「はっぽうしゅ」と表示できないというサイズの制約もあって、共通の三文字に寄せているという説明だ。135ml缶ではさらに縮んで「さけ」の二文字になる。キリンビールも同じく、135ml缶は「さけ」だと書いている。
サントリーも、目の不自由な方が酒類だと分かるように、ビールや発泡酒、カクテルなど缶入り酒類のふたに「おさけ」の点字を入れていると説明している。
つまり、銘柄も、度数も、ウイスキーなのかビールなのかも、あの点は語らない。伝えているのは一点だけだ——これは酒だ。
キリンビールは導入の目的を「目の不自由な方が清涼飲料水とアルコール飲料を間違えないよう」と説明する。サッポロビールも「誤ってご購入されたり、お召し上がりにならないように」と書く。情報を一つに絞ったのは、その一点さえ間違えなければ事故は防げるからだろう。
最初に打ったのは、ビールではなかった
意外なことに、この点字はビールから始まっていない。
宝酒造は自社サイトで、1995年に「誤認飲酒防止のために国内で初めて」タカラcanチューハイシリーズの缶ぶたに点字で「おさけ」を入れた、と説明している。缶チューハイは、色も、缶の形も、置かれる棚も、清涼飲料に近い。取り違えが最も起きやすいところから始まった、という順番である。
ビール各社が続いた。アサヒビールは、目の不自由な方に対する、飲料水の缶との誤飲を防ぐための配慮として、1996年4月から順次ふた上面に点字を刻印するようになったと案内している。そして、当初の刻印は「びーる」だった。それが「おさけ」に変わったのは2001年1月。キリンビールは1997年から缶のふたへの点字を導入している。
「びーる」から「おさけ」への変更は、缶に入るものが広がったことと重なって見える。発泡酒があり、チューハイがあり、ハイボールがある。缶の見た目は同じままで、中身だけが増えていった。点字が伝える内容を「酒である」の一点まで削ったのは、その現実に合わせた結果だと考えると腑に落ちる。
読めるのは、8人に1人だった
ここで、少し落ち着かない数字を挟んでおきたい。
厚生労働省の平成18年身体障害児・者実態調査(2008年3月公表)は、在宅の視覚障害者について点字の習得状況を調べている。回答した379人のうち、「点字ができる」と答えたのは12.7%。「点字ができない」は70.7%で、「点字ができないが必要としている」人は全体の6.6%だった。当時の在宅の視覚障害者は31万人と推計されている。
読めるのは、およそ8人に1人。20年前の調査で、しかも回答者数の限られた数字だから、いまの実態とは違う可能性がある。それでも、点字を読める人が多数派ではないという傾向は動かないだろう。
だとすれば、あの点は非効率な工夫に見える。読めない人には意味がない、と。
ただ、缶のふたの点字は少し事情が違う。読めなくても、指先に点があるかないかは分かる。清涼飲料の缶にはなく、酒の缶にはある。「読む」ためではなく「触れて気づく」ための一行だと考えれば、点字の習得率とは別の役割を果たしていることになる。実際、各社の説明はどれも「読ませるため」ではなく「間違えないため」と書いている。
なぜ缶で、瓶ではないのか
冒頭のもう一方の疑問に戻る。ウイスキーの瓶には、まず点字がない。
理由の一つは物理的なものだ。缶のふたの点字は印刷ではなく、金属の凹凸そのものである。ふたは金型で成形される部品なので、点を形として持たせられる。紙のラベルに刷っても点字にはならない。
そしてもう一つは、取り違えの起きやすさだと思う。缶は形が揃っている。同じ大きさ、同じ丸、同じ手触りで、冷蔵庫のなかで清涼飲料の隣に並ぶ。対して瓶のウイスキーは、形も栓も銘柄ごとに違い、ジュースの隣に置かれることも少ない。区別が必要な場所から順に手当てされてきた、という説明が自然だろう。
その広がり方も記録に残っている。宝酒造は2002年、紙パック入り酒類のキャップにも点字を入れた——これも「国内初」と書いている。缶から紙パックへは伸びた。瓶へは、いまのところ伸びていない。
たとえば家庭の定番であるこの一本も、棚に立っているかぎり、触って分かる手がかりは何もない。

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