もう一つ、規模の大きい例がある。
2021年9月9日、ケンタッキー州バーズタウンのヘヴンヒルで、会社の契約案に対する投票が行われた。結果は96%が拒否。9月11日午前0時、約420人のUFCWローカル23Dの組合員がピケットラインを張った。
争点は二つあった。ひとつは医療保険で、会社案は保険料の上昇に設けられていた上限を外す内容だった。保険料が上がれば、その分だけ手取りが減る。
もうひとつが、やはり時間である。組合員が問題にしたのは契約文言の「グレーゾーン」で、そこを突かれると週末勤務や追加の残業を無償で求められかねない、という懸念だった。当時これを報じた米AP通信は、この争議を「需要に追いつこうとするバーボン産業の成長痛のあらわれ」と書いている。
ストライキは長引いた。10月に入ると会社は交渉の行き詰まりを宣言し、瓶詰めと倉庫の部門で恒久的な代替要員を採用すると表明する。組合はこれに反発し、不当労働行為として全米労働関係委員会(NLRB)へ申し立てを行った。
採用が本格化する前に、事態は動く。10月23日に組合員が新契約を承認し、6週間のストライキが終わった。5年契約の中身は、会社側の保険拠出を4.25%引き上げること、時給を契約期間で最大3.09ドル上げること、401(k)の会社拠出を7%から8%にすること——そして、月曜から金曜の40時間という従来の週の形を維持することだった。
賃金も保険も動いた。そのうえで、勝ち取ったものの一行に「週の形」が入っている。
ヘヴンヒルという会社については、1996年に蒸溜所ごと焼け落ちても一日も出荷を止めなかった話を別の記事で書いた。エライジャ・クレイグやエヴァン・ウィリアムスをつくっているのが、この会社である。
ここまでの二つは、どちらもバーボンが売れに売れていた時期の話だ。なぜ好況が労働争議になるのか。
理由の一端は、ウイスキーという商品の作り方にある。
需要が跳ねたとき、ふつうの工場なら増産すればいい。ウイスキーの会社も実際にそうしていて、この時期のケンタッキーは蒸溜量そのものを増やし、人も増やしていた。ただし新しく蒸溜した原酒は、熟成を急げない以上、何年も先にしか商品にならない。今日の品薄には一滴も効かないのだ。日本のウイスキーが品薄になったときも、事情は同じだった。
だから、いますぐ出荷を増やす方法となると、選択肢は狭い。すでに樽で眠っている原酒を、より速く瓶に詰めて出すことだ。瓶詰めを増やせば、出荷はその週から増える。蒸溜を増やしても、効くのは何年も先である。
増産の効果が何年も先にしか出ない産業で、今日の需要を受け止める場所は、どうしても手前に寄る。週70時間の残業も、臨時工の急増も、その圧力の帰結として出てくる。
一方、いまスコットランドで起きていることは、逆の局面にある。
スコッチの輸出は減速し、減産や休止のニュースが続いた(関税が下がってもなお蒸溜所が止まったままの事情は別の記事で扱っている)。蒸溜所は生産を絞る側に回っている。それでも、争点はやはり時間に集まる。
エドリントンの2025年の争議は勤務ローテーションの変更をめぐるものだったし、デュワーズの「1日=7時間12分」も、賃率そのものには手を触れていない。休暇の数え方を変えただけだ。
好況のときは「もっと働かせるための時間の設計」が、減速のときは「同じ人数で回すための時間の設計」が争われる。押す向きは逆でも、押される場所は近い。
もう一つ、目を引く特徴がある。争議の担い手が、驚くほど少人数のことがある。
2025年11月、エドリントンのマッカラン蒸溜所、グレンロセス蒸溜所、そしてパークモア(1931年に蒸溜をやめ、いまは熟成庫として使われている施設だ)を受け持つエンジニアが、ストライキに入った。GMBスコットランドによれば、その人数は12人。全員一致でストライキを決めている。
争点は、また時間である。2年ほど週4日勤務が続いてきたところへ、8月から週5日のローテーションが導入された。組合の説明では、これによりオンコール(呼び出し待機)の時間が倍になり、手当は年におよそ5,000ポンド減り、働く日数は年に40日ほど増える。会社側は、他部門と勤務体系を揃え、蒸溜所の呼び出し対応を確保するための変更だと説明している。
11月10日から7日間、続いて11月から翌年1月にかけてさらに22日間のストライキが計画された。
マッカランを含む複数の拠点の保全を、12人が回している。この数字は、生産の現場がもともと少人数で成り立つものであることを、そのまま映している。そして少人数であるほど、抜けたときの穴は大きい。ディアジオのリーヴンでも、ユナイトはストライキに入る組合員の支援なしに工場を安全に動かすことはできないと主張していた(会社側は、安全に操業を続けるための計画があると反論している)。
数百人が門に並ぶ大きな争議もあれば、保全を担う十数人が動くだけの争議もある。共通しているのは、その場所が蒸溜のスチルの前ではなく、保全と瓶詰めラインのほうだということだ。
ここで一つ、不思議なことに気づく。
ヘヴンヒルでは、瓶詰めと倉庫の部門で6週間のストライキがあった。それなのに、エライジャ・クレイグが棚から消えたという話は聞こえてこない。マッカランやデュワーズが日本の売り場から無くなった記憶も、たぶんない。
ヘヴンヒルの場合、会社は代替の体制を組んで操業を続け、事業への支障は最小限だったと表明している。加えて、瓶詰め済みの在庫があり、その先には流通と小売の棚がある。日本まで来る商品なら、輸入のタイムラグも挟まる。数週間の停止は、そのどこかで吸収されてしまう。
蒸溜のほうが止まった場合は、もっと極端だ。 いま棚に並んでいるのは、何年も前に蒸溜された酒である。蒸溜が数週間止まっても、その影響が商品として現れるのは、銘柄によっては十年近く先になる。熟成庫が、そのまま巨大な緩衝材になっている。
つまり争議は、消費者からはほとんど見えない。ただし、数週間なら吸収できるというのは、在庫を食いつぶしているだけの話でもある。だから会社にとって痛いのは出荷に直結する瓶詰めラインのほうであり、組合にとって効くのも同じ場所になる。ヘヴンヒルが代替要員を入れようとしたのが、ほかでもない瓶詰めと倉庫だったのは、そういうことだろう。
最後に、後日談を一つ。
2025年12月、サントリー傘下のジムビームは、クレアモントの主力蒸溜所での蒸溜を2026年いっぱい止めると発表した。需要の減速で原酒が余り、ケンタッキー州で熟成中のバーボンの樽は同年1月時点で約1,610万樽という過去最高に達していた。解雇の発表はなく、蒸溜はクレアモント内の小規模施設と、ケンタッキー州ボストンの工場で続くとされている(この供給過剰そのものは別の記事で数字を追っている)。
そのボストンの工場は、2016年に週70時間が争われた二つの工場のうちの、もう一方である。片方が蒸溜を止め、もう片方が引き受ける。
10年のあいだに、現場の問題は「働きすぎ」から「造る仕事そのものが止まる」へ移った。造る量が増えても減っても、最初に動くのは人の時間のほうだ、ということなのだと思う。
- スコッチとバーボンの現場では、2016年から2026年にかけて労働争議がくり返し起きている。ジムビーム、シーバス、ヘヴンヒル、ディアジオ、ホワイト&マッカイ、インヴァーハウス、エドリントン、デュワーズ——名前を並べると、棚の見慣れたブランドばかりになる。
- 賃上げをめぐる争議も多いが、それに加えて残業、シフト、ローテーション、休暇の数え方といった「時間の設計」がたびたび争点に上がる。両者はきれいには分けられない。
- 好況期は増産のための残業(ジムビーム2016年、週70〜80時間)、減速期は勤務体系や休暇制度の変更(エドリントン2025年、デュワーズ2026年)と、局面が逆でも争われる場所は似通っている。
- 現場が少人数で成り立つため、十数人の保全エンジニアでも大きな影響を持ちうる(エドリントン、12人)。
- 完成品と流通の在庫、そして熟成庫という時間差があるため、争議は消費者からはほとんど見えない。
かつて蒸溜所では、働く人に勤務中のウイスキーが配られていた。「ドラミング」と呼ばれた慣習で、朝6時に一杯、正午に一杯、終業時に一杯。ずいぶん牧歌的に聞こえるが、あれも要するに、働き方と酒の関係を会社が設計した仕組みだった。
いまウイスキーの現場で争われているのは、無料の一杯ではなく、休暇が7時間12分か1日かという計算式である。次にデュワーズのハイボールを頼むとき、その一杯を詰めたグラスゴーの工場で、2026年の春に人が立ち止まっていたことを、少しだけ思い出してもいい。