なぜスコッチの蒸溜所は、1回の蒸溜を3分で終えたのか——酒ではなく「スチルの容量」に税をかけた法律
18世紀の末から19世紀の初め、ローランドには1回の蒸溜を3分で終えた蒸溜所があった。税額が造った酒の量ではなく「スチルの容量」で決まったため、造り手は浅く広い皿のようなスチルを回し続けた。制度が酒の形を変えた記録。
いまのモルトウイスキーは、急がない。ディフォーズ・ガイドの製造解説によれば、初留はおよそ4〜6時間、再留は6時間ほどかけて回す。ゆっくり蒸溜するほど、上がってきた蒸気が銅に触れる時間が長くなり、酒は軽やかになる——スチルの形と還流の話は、つまるところ「どれだけ時間をかけるか」の話でもある。速さは、味の敵だ。
ところが18世紀の末から19世紀の初めにかけてのスコットランドには、1回の蒸溜を3分で終えていた蒸溜所があった。
技術の自慢ではない。税制への回答である。
税を「造った酒」ではなく「鍋の大きさ」にかけた
話は1784年のウォッシュ法(Wash Act)から始まる。
この法律は、スコットランドに一本の線を引いた。西のクライド川河口のダンバートンから、東はテイ川のパース近郊へ抜ける、いわゆるハイランドラインである。線の北と南で、税のかけ方をまるごと変えた。
クラックマナンシャー州の地域史資料によれば、南のローランドでは発酵の終わったウォッシュ(もろみ)の量に税がかかった。北のハイランドではスチルの容量に対して年額の免許料を払う方式で、合法に置けるスチルは容量30ガロンまでとされた。この法律で、長年の免税特権を失った蒸溜所もある。フェリントッシュがそれで、ケネットパンズの遺構を扱う資料によれば、特権を失ったフォーブス家には2万1,580ポンドの補償が支払われた。
そして1786年、改正ウォッシュ法がローランドにも「容量課税」を持ち込む。ハイランドはスチル1ガロンあたり年1ポンド10シリング、ローランドは2ポンド10シリング(ローランド側の額については、ウイスキーマガジンが年30シリング=1ポンド10シリングとしており、資料によって食い違いがある)。ハイランドのスチル上限は、あわせて40ガロンに広がった。
ここが分かれ目である。税額が、造った酒の量ではなく、鍋の大きさだけで決まるようになった。
なお、同じ1786年にはもう一本、イングランド向け輸出に1ガロンあたり2シリングを上乗せするスコッチ蒸溜法も通っている。この法律に真正面から怒った人物がいた。詩人ロバート・バーンズである。「自由とウイスキーは、共に行く」と結んだ彼の詩は、まさにこの年の法を撃つために書かれたものである(→詩人と酒税官の話)。
「週に7回」という前提が、抜け穴になった
免許料を決めるには、そのスチルが1年でどれだけ酒を造るのかを見積もらなければならない。当局が置いた前提は、スチルは週に7回ほど空にできる、というものだった。
見積もりが固定されている以上、造り手のやることは一つしかない。
もっと回す。
8回でも、20回でも、40回でも回せば、1回あたりに乗る税は際限なく薄まっていく。法律は、味とも品質とも無関係に、「速く空にすること」だけに報酬を与える仕組みになっていた。
皿のようなスチルが生まれた
問題は、ふつうのポットスチルが速く回せないことだった。深い銅の鍋にもろみを張り、下から熱し、沸かし、蒸気を上げ、冷やし、空にして、また張る。ここに数時間かかる。
答えは、鍋の形を変えることだった。
ウイスキーマガジンによれば、1788年、リース(エディンバラの港)の精留業者ウィリアム&ジョン・スライゴ兄弟が、訪ねてきたイングランドの蒸溜業者の助言を受けて、40ガロンの「平たいスチル」を仕立てた。浅く、広く、底を大きくして、その下に大きな炉を据える。液体を薄く広げて一気に沸かすための形である(ケネットパンズ側の資料はスタイン家自身の開発としており、由来には諸説ある)。
1789年以降、この皿のようなスチルはケネットパンズ、キルベイギー、キャノンミルズ、ハットンバーン、ドールズ、クレイゲンドに次々と据えられた。当時スコットランド最大の蒸溜業者だったスタイン家は、200ガロンの「ティーカップ型」と呼ばれるスチルまで持ち出した。ローランドのスチルに容量の上限はなかった。もっとも、大きくすれば税額もそのぶん増える。得を生んでいたのは大きさではなく、あくまで回転の速さのほうである。
現代の造り手が「背を高くして還流を増やし、時間をかける」方向へ工夫を積み上げてきたのとは、ちょうど逆向きの進化である。
どこまで速く回したのか——数字は資料ごとに割れる
ここから先の数字は痛快だが、出どころによって幅がある。正直に並べておく。
- 財務省は、スコットランドの蒸溜業者が「その仕掛けの巧妙さによって、スチルを週に40回以上空にする手段を見つけた」と非難した。
- クラックマナンシャーの資料は、ジョン・スタインのキャノンミルズについて、ウォッシュスチルを1時間に4回以上満たしては空にできたと伝えている。
- ウイスキーマガジンは、1803年のケネットパンズが「3分に1回」の割合で空にしていたと書く。別の1軒は2分半に1回だったともいう。
- ケネットパンズの遺構を扱う資料では、最大で24時間に94回という数字が挙がる。
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