なぜ無線では「W」を「ウイスキー」と読むのか——人名ウィリアムを追い出した酒の名と、1959年の報告書に残る小さな異論
無線の通話表で、Wは「ウイスキー」。かつてこの座は人名の「ウィリアム」のものだった。英語話者のための表が国際化するなかで酒の名が選ばれた理由を、選定を検証した1959年の報告書からたどる。
パイロットと管制官の交信を聞いていると、機体記号が一文字ずつ読み上げられる。ホテル、ゴルフ、タンゴ、キロ——並ぶのは当たり障りのない言葉ばかりなのに、Wのところだけ「ウイスキー」と酒の名前が出てくる。船でも軍でも、Wはウイスキーだ。
なぜ数ある「W」の言葉から、酒の名が選ばれたのか。しかもこの語は、それまでWの座にいた人名を追い出して就いている。選定の経緯と根拠を検証した1959年の報告書をたどりながら、その理由と、この一語が旗や潜水艦の呼び名として世界に散らばっているさまを見ていく。
Wは長いあいだ「ウィリアム」だった
第二次世界大戦のころ、アメリカの陸海軍が共用した通話表(頭の二語からエイブル・ベイカーと呼ばれる)でも、英空軍の表でも、Wは「ウィリアム」だった。エイブル、ベイカー、チャーリー、ドッグ……英語圏の人名と身近な英単語が並ぶ、英語話者のための表である。
戦争が終わると、この前提が崩れた。民間航空が世界に広がり、英語を母語としない管制官とパイロットが同じ周波数を使うようになる。1947年、国際航空運送協会(IATA)が英語・フランス語・スペイン語・ポルトガル語に共通する音でつくった案をICAO(国際民間航空機関)に提出した。WHISKEYという語が初めて現れるのは、この提案である。
続く1948年から翌年にかけて、モントリオール大学の言語学者ジャン=ポール・ヴィネーがICAOと組んで表を練り直し、その成果が1951年に定められた。ウィリアムが正式にウイスキーへ置き換わったのは、この表からだ。
採用した途端に、苦情が来た
ところが新しい表は、使い始めた現場から不評を買う。エイブル・ベイカーに慣れたパイロットや通信士から、批判が相次いだのである。
そこで英米両政府を中心に、31か国の話者を集めて、どの語が聞き取れずどの語が混ざるのかを大規模に試験した。この検証を経て、1956年3月1日に現在の形が確定する。NATOが同じ表に揃えたのもこの日で、以後ITU(1959年)、IMO(1965年)へと広がった。
このときの経緯と根拠を細かく検証した報告書が残っている。米空軍の委託でオハイオ州立大学研究財団のヘンリー・M・モーザーがまとめた、1959年の技術報告書だ。読むと、言葉選びがいかに神経質な作業だったかが分かる。
原則の一つは、語がその文字で始まること。理屈の上ではDを「DOG」でも「LADDER(はしご)」でも「MUD」でも表せるが、実際に各国で使われてきた表は、ほぼ例外なくその文字で始まる語を採っている。
もう一つは音である。同報告書は、最終的な語の決定は「最大の明瞭度と最小の混同しやすさをもたらす音の組み合わせ」によったと書く。もっとも、理屈どおりにはいかない。初期の表ではCOCA・KILO・QUEBECの語頭がどれもKの音になってしまうと指摘されたが、直されたのはCだけで、KILOとQUEBECはいまも残っている。報告書はこの二語を「総合的な有効性で並ぶ語は無かった」と擁護している。
1956年に入れ替わったのはC・M・N・U・Xのわずか5文字(COCA→CHARLIE、METRO→MIKE、NECTAR→NOVEMBER、UNION→UNIFORM、EXTRA→X-RAY)。Wはその中に入っていない。
商業的な連想を持つ語は避けるべきだ、という意見もあった(COCAとVICTORが名指しされている)。もっとも代替候補の検討では、ESSO、JELLO、KODAK、PEPSI、VICKSといった商標が真面目に俎上に載り、KODAKはKの理想的な代わりに見えた、とまで書かれている。そちらは結局採られていない。
ウイスキーにも、注文はついた
面白いのは、表が確定したあとの「受け入れられるための課題」を並べた節に、WHISKEYへの異論が記録されていることだ。「語は冗談めいた含みを持つべきでない」という要件のもと、酒の名を国際規格に据えることを、少数ながら問題視した人がいた。
報告書はその直後に反論も併記している。旧来の英米式の表には、主要な言語圏のうち二つで明らかに社会的に受け入れがたい語が少なくとも一つ含まれていたし、いくつかの語の並びは冗談として知られていた。1956年より前のICAOの表で唯一そう知られていた並び「PAPA ROMEO NECTAR」は、NECTARがNOVEMBERに替わったことで消えている——つまり、酒の名を気にするほど新しい表は乱れていない、という反論である。
結果としてWは動かなかった。なぜ残ったのか、報告書は一行で説明してはいない。ただ、選定の物差しに照らすと腑に落ちる点はある。ゲール語の「命の水」に由来するこの語は、20世紀半ばにはフランス語でもスペイン語でも、ほぼそのままの綴りと音で通じる数少ない国際語になっていた。二音節で強勢の位置が揺れにくく、しかもWで始まる。人名のウィリアムには、そのどれもなかった。
発音まで決められている——「WISS KEY」
通話表が定めているのは語だけではない。読み方も決まっている。ICAOの表ではWの欄に「WISS KEY」という口移し用の綴りが添えられ、第一音節のWISSに強勢が置かれる。綴りのwhは、wの音だけを読む。
綴りの作法も独特だ。Aは英語式のALPHAではなくALFA、Jはtを重ねたJULIETT。phをpと読む言語や、語末のtを発音しない言語で読み違えられないようにするための、意図的な表記である。この表の綴りは「正しい英語」ではなく、「誰が読んでも同じ音になること」を優先している。
日本の法令も同じ表を採る。無線局運用規則の別表第五号「欧文通話表」は、Wの欄をWHISKEY、発音をWISS KEYと定めている。カタカナではなく、ICAOの口移し綴りがそのまま省令に載っているわけだ。
綴りは、同じ機関の文書どうしで割れている
とはいえ、この綴りは世界中で一枚岩ではない。
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