なぜイタリア人は、スコッチといえば「グレングラント」なのか——ローゼスの蒸溜所と、5年ものに賭けた一人の輸入業者
イタリアで長く一番売れたシングルモルトは、マッカランでもグレンフィディックでもなくグレングラントだった。密造から始まった蒸溜所と、1961年にローゼスを訪れた一人のイタリア人の話。
イタリアのバールで棚を眺めていると、細身のボトルに青い花のラベルが貼られた一本が目に入ることがある。マッカランでもグレンフィディックでもなく、グレングラント。イタリアでは長いあいだ、「シングルモルト」といえばまずこの銘柄だった。
なぜ、スペイサイドの蒸溜所が、遠く離れた南欧で国民的な酒になったのか。話は密造の時代から始まる。
密造者の兄弟が、ローゼスで最初に「表」へ出た
グレングラントは1840年、ジョンとジェームズというグラント兄弟が、スペイ川沿いの町ローゼスに建てた、この町で最初の合法蒸溜所だった。二人はそれ以前、税を逃れて酒を造る側にいたと伝えられる。免許を取って表に出る——19世紀のスコッチにはよくある転身だが、ここではその選択が、二世紀近く残る名前を生んだ。
いまも創業者の姓をそのまま名乗り続けている、数少ないシングルモルトの一つだとされる。
「ザ・メジャー」が、スチルの背を伸ばした
蒸溜所の性格を決めたのは、1872年に跡を継いだ、創業者と同名のジェームズ・グラント——「ザ・メジャー」と呼ばれた人物だ。ハイランドで最初に自動車を所有した男とも言われる、筋金入りの新しもの好きである。
彼は背の高い細身のポットスチルを据え、そこに精留器(ピュリファイアー)を組み合わせた。精留器は、スチルから上がってきた蒸気の一部を途中で冷やして釜へ戻す装置で、重い成分を落とし、軽い成分だけを先へ通す。還流が増えれば酒は軽くなる、というスチル設計の原則を、装置として徹底したかたちだ。ウイスキー造りに精留器を使った最初の蒸溜所とも言われる。
結果として生まれるのが、澄んで軽やかな、青りんごや洋梨を思わせる酒質である。色も薄く、シェリー樽の風味で覆い尽くさない。この方針は今日まで変わっていない。
1886年の庭と、洞窟に眠る樽
新しもの好きは、蒸溜所の外にも向かった。1886年、彼は蒸溜所の裏手に22エーカーの庭を造る。果樹園、草地、渓谷。旅先で集めた異国の植物が植えられ、そのうちの一つ、ヒマラヤの青いケシは、いまもボトルのラベルに描かれている。
庭には藁葺きの東屋(ドラム・パビリオン)が立ち、なかにはウイスキーを収める金庫が据えられている。渓谷の岩肌の洞窟には、いまも樽が施錠されたまま置かれている。客を連れて庭を歩き、東屋で一杯を出す。金庫は、そのためだけの仕掛けだ。
1961年、ローゼスにイタリア人がやってきた
物語が南へ伸びるのは1961年。創業家の血を引くダグラス・マッケサックのもとに、アルマンド・ジョヴィネッティというイタリアの実業家が訪ねてくる。
ジョヴィネッティはこの酒に惚れ込み、帰国して輸入を始めた。最初の注文は100ケース。そして彼が主力に選んだのは、熟成わずか5年のグレングラントだった。まず高級ホテルに置き、やがてテレビ広告で一般へ広げていく。
なぜ「若い酒」が、イタリアで受け入れられたのか
ここが面白いところだ。当時のスコッチは「年数が長いほど良い」という物差しで語られていたし、いまもその感覚は根強い。だがジョヴィネッティは、自国の飲み手が軽くて若いシングルモルトを好むことを見抜いた——と伝えられている。
理屈のうえでも噛み合っている。精留器と背の高いスチルが生む酒質はもともと軽く、荒々しさが出にくい。若くても角が立たない酒だからこそ、5年という短い熟成で商品になった。逆に言えば、重厚な酒質の蒸溜所で同じ売り方をするのは難しい。
数字もそれを裏づける。英ウイスキー・マガジン誌(2014年)によれば、1970〜80年代のイタリア市場は年間50万ケース規模に達し、2006年にはグレングラントの販売の6割超をイタリア一国が占めていた。その後フランスなど他市場が伸び、2012年時点では4割台まで下がっている。
日本の棚にイタリア向けの5年ものはまず並ばないが、性格のいちばん近いところを試すなら10年になる。

このコラムの関連
関連するボトル


次に読む

なぜ蒸溜所は、酒を造る工場なのに見学者を招き入れるようになったのか——1969年に開いた一枚の扉と、年270万件の訪問
蒸溜所はもともと、一般客に語る動機がない場所だった。1969年にグレンフィディックが開いた受付棟から、年270万件の訪問を集める産業へ。蒸溜所見学が生まれた理由と、日本の人気蒸溜所で製造現場が抽選制になった事情をたどる。

なぜジョニーウォーカー ブルーラベルは、年数表記がないのに「最高峰」なのか——初期ボトルに刷られた「15〜60年」と、静かに消えた一行
ブラックラベルは「12年」と刻むのに、シリーズの頂点に立つブルーラベルには年数がない。1987年に「オールデスト」として生まれた一本の、初期ラベルに刷られていた「15-60年」という一行の行方をたどる。




