なぜラガヴーリンは「アイラの帝王」と呼ばれ、これほど愛されるのか——アイラで最もゆっくり蒸留する、煙の一杯
ピートを効かせたシングルモルトの「基準」とされるラガヴーリン。アイラで最もゆっくり蒸留される煙、ホワイトホースの歴史、隣のラフロイグとの因縁、そしてニック・オファーマンまで、愛される理由を読み解く。
「アイラのスモーキーなウイスキーを一本」とバーで頼めば、迷わず差し出されることが多い一本がラガヴーリンだ。とりわけ定番の16年は、ピートを効かせたシングルモルトの「基準」として長く愛されてきた。同じアイラのラフロイグやアードベッグと肩を並べる人気を誇りながら、ラガヴーリンにはどこか落ち着いた厚みと風格がある。なぜこの一本は、これほど多くの飲み手を惹きつけるのだろうか。

アイラで最もゆっくり蒸留される煙
ラガヴーリン最大の個性は、アイラ島でもっとも「ゆっくり」蒸留することにある。初留におよそ5時間、再留には9時間以上をかけるとされ、これはアイラの蒸留所のなかでも際立って長い。蒸気が銅とゆっくり触れ合いながら立ちのぼることで荒々しさが削がれ、煙は角の取れた深い一体感へと変わっていく。
仕込みに使う麦芽のフェノール値はおよそ35ppmと、決して控えめではない。それでもラガヴーリンが「ガツンと来る」より「じわりと沁みる」と評されるのは、この遅い蒸留と、主にバーボン樽で重ねる16年という長い熟成が、スモークを丸くまとめ上げているからだ。潮の香り、焦げた麦、奥にひそむほのかな甘み——強さと優しさが一杯のなかに同居している。加水は一滴ずつ、あるいはストレートでじっくり。その静かな複雑さは、急いで飲むにはもったいない。
ホワイトホースと、隣の蒸留所との因縁
ラガヴーリンの物語は、味わいだけでは語り尽くせない。公式には1816年の創業とされるが、それ以前からこの入り江で密造が行われていた記録も残る。名を大きく広めたのは、19世紀末に実権を握った野心的な経営者ピーター・マッキーだった。彼はラガヴーリンを主軸に「ホワイトホース」というブレンデッドを生み出し、輸出市場で一世を風靡した。
そのマッキーが起こした一件が、いまも語り草になっている。隣接するラフロイグとの関係がこじれた末、彼はラフロイグに肩を並べる酒を自前で造ろうと、1908年に自らの敷地内へ「モルトミル」という蒸留所を新設したのだ。だが水もピートも異なれば、同じ味にはならなかった。皮肉にも、この因縁の建物は現在、ラガヴーリンのビジターセンターとして使われている。
より若く力強いラガヴーリンを味わいたいなら、8年もいい。長い熟成でまろやかになった16年とは対照的に、煙とレモンのような酸が生き生きと立ち、同じ蒸留所のまた別の表情を見せてくれる。
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