なぜ「マイケル・ジャクソン」という男が、シングルモルトを「選べる酒」に変えたのか——歌わなかったほうのジャクソンと、モルトに持ち込まれた100点法
シングルモルトが「銘柄で選ぶ酒」になった裏には、一人のイギリス人ジャーナリストがいた。ポップスターと同姓同名の書き手マイケル・ジャクソンが、ビールで試した方法をウイスキーに向け、100点法を持ち込むまで。
バーの棚に並ぶシングルモルトを、私たちは当たり前のように「銘柄で」選んでいる。ラベルの蒸溜所名を読み、産地を思い浮かべ、点数やテイスティングノートを参考にして、一本を決める。
だが、この選び方はそれほど古いものではない。一世代前まで、シングルモルトは基本的にブレンデッドの原料であり、一般の飲み手が名指しで買うものではなかった。それを「読んで選べるもの」に変えた立役者のひとりは、蒸溜所の職人でも、酒造メーカーの経営者でもない。イギリスのジャーナリストだった。
名前を、マイケル・ジャクソンという。
同じ名前の、まったく違う男
紛らわしいので先に書いておくと、ポップスターのマイケル・ジャクソンとは16歳年上の別人である。こちらのマイケル・ジャクソンは1942年3月27日、イングランド北部ヨークシャーのウェザビーに生まれた。
彼は新聞記者として出発し、後半生をビールとウイスキーに捧げた。『インディペンデント』『オブザーバー』といった新聞に寄稿し、専門誌に連載を持ち、テレビにも出た。そして2007年8月30日、ロンドンで心臓発作により65歳で亡くなっている。
ビールの世界で、先に同じことをやっていた
ウイスキーの話に入る前に、彼のもう一つの仕事に触れておきたい。そちらのほうが先だったからだ。
1977年、彼は『The World Guide to Beer』を出す。世界のビールを産地ごとに、そして「どんなタイプのビールを造っているか」で整理した本だった。今でこそピルスナー、ヴァイツェン、スタウト、IPAといった分類は誰でも口にするが、その「ビアスタイル」という考え方を世に広めたのが、この本だと評価されている。
1970年代、アメリカのビールは大手の淡色ラガーにほぼ塗りつぶされていた。ベルギーやドイツに多様なビールが生き残っていることを、英語圏の読者に体系立てて示した彼の仕事は、その後のクラフトビール運動の推進力のひとつになったと言われる。テレビシリーズ『The Beer Hunter』では案内役を務め、番組は15か国で放映された。
つまり彼は、ウイスキーに本腰を入れる前に一度、「埋もれていた多様性を、言葉で見えるようにする」という仕事をやり遂げていた。同じ方法を、次は琥珀色の酒に向けたのである。
1987年、世界のウイスキーを一冊に束ねる
1987年、彼は『The World Guide to Whisky』を出す。
この本の新しさは、スコッチ、アイリッシュ、バーボン、カナディアン、そして当時ほとんど知られていなかったジャパニーズを、一つの土俵に並べて比較したことにあった。それまでウイスキーの本といえば、たいていスコッチならスコッチだけを扱うものだった。国をまたいで横に並べ、造りの違いから味の違いを説明する——今では当たり前のこの構成は、彼が定着させたものだと評価されている。
Malt Note が産地や造りで銘柄を並べて比べているのも、元をたどればこの型の子孫である。
モルトに、100点法を持ち込む
そして1989年、『Michael Jackson's Malt Whisky Companion』が出る。
彼はモルトウイスキーを一本ずつテイスティングし、香りと味を短い言葉で描写し、そのうえで100点満点のスコアを付けた。75点を超えないものは買う価値がない、というのが彼の目安だったと伝えられる。
ことわっておくと、酒に点数をつけること自体を彼が始めたわけではない。ワインの世界では、1970年代末にロバート・パーカーが『ワイン・アドヴォケイト』で100点法を打ち出し、1980年代にはそれが評価の標準になっていた。彼がやったのは、その物差しを、まだ誰も整理していなかったモルトの棚へ持ち込んだことである。そして、そこでこそ物差しは効いた。
同書は世界でもっとも売れたモルトの本になり、彼の著作は全体で300万部以上、18の言語に訳された。『Malt Whisky Companion』は彼の死後も、別の書き手の手で改訂されながら版を重ねている。
なぜ「点数」が効いたのか
点数をつける行為は、いま振り返れば乱暴にも見える。香りの記憶も、その日の体調も、飲む場所の空気も数字にはならない。
それでも当時、これは決定的に有効だった。理由は単純で、買う側に判断材料がまるでなかったからである。
シングルモルトを単独の商品として売る試みは、1960年代にグレンフィディックがすでに始めていた。
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