アサヒビールは2025年6月、ブラックニッカ クリアなどの国産ウイスキーと輸入テキーラ、計5ブランド26品目の価格改定を発表した。ブラックニッカ クリアの700ml瓶は税込参考小売価格で1,089円から1,199円へ、およそ10%。全体では10〜16%の幅で、2025年11月1日出荷分からの予定だった。
原価が上がっていることと、値札を上げられることは別だ——という当たり前の事実が、ここには表れている。
値上げの背景としてよく語られるのは、ジャパニーズウイスキーの世界的な評価上昇だ。実際アサヒは、改定の理由のひとつに「日本のウイスキーの評価が世界的に高まり需要が拡大している」ことを挙げている。
ただ、輸出の数字は単純な右肩上がりではない。財務省の貿易統計にもとづく集計では、日本のウイスキーの輸出金額は2022年の約560億円がピークで、2023年は約501億円、2024年は約437億円と2年連続で減少した。2025年は約490億円まで戻したものの、ピークには届いていない。
サントリーが187品目の改定を発表した2025年11月の時点で、直近通年である2024年の輸出は前年を12%以上下回っていた。輸出が細っている局面でも、値上げは発表されたわけである。海外の需要が伸び続けているから高い、という説明だけでは足りない。
では何が効いているのか。答えは需要の伸びではなく、供給の制約と、原価の側にある。
ウイスキーには、他の飲みものにはほとんどない制約がある。今日の需要に、今日つくって応えることができない。
年数表記のないブレンデッドなら、法律上は3年の熟成で出荷できる。だが「12年」と書かれたボトルの中身は、少なくとも12年前に蒸留され、樽に詰められたものだ。今年どれだけ売れても、12年ものを増やせるのは12年先になる。逆に言えば、いま出せる量は十数年前の経営判断がそのまま天井になっている。熟成に近道がないというのは、味の話であると同時に、在庫の話でもある。
そして日本のウイスキーにとって、その「十数年前」は最悪のタイミングだった。
業界誌の集計によれば、国内のウイスキー課税移出数量は1983年の38万1,000klがピークで、そこから減り続け、2007年には7万5,000klまで落ち込んだ。およそ5分の1である。売れない時代に各社が仕込む量を絞ったのは、経営判断としてはまったく自然なことだった。
流れが変わったのは2008年。サントリーが角ハイボールの提案を本格化させ、ハイボールが「とりあえずの一杯」になっていく。課税移出数量はそこから10年連続で増え、2018年時点では17万7,000kl前後と、最盛期のおよそ半分まで戻した。
需要は戻った。だが、そのとき熟成庫で年数を重ねていたのは、需要が最も細っていた頃に仕込まれた樽だった。
この矛盾が表面化したのが2018年だ。サントリーは白州12年と響17年の販売休止を発表し、理由として原酒不足を挙げた。当時の日本経済新聞は、原酒を仕込んだ10年以上前の想定を超えて需要が拡大したためだと報じている。終売・休売になった一本の代わりを探すという悩みは、このときから続いている。
年数表記のあるボトルほど改定が繰り返されやすいのも、偶然ではない。年数表記は「使われた原酒のうち最も若いもの」の年数を保証する表示であり、その分だけ在庫の制約を強く受ける。
二つ目の要因は為替だ。
1ドルが100円台前半だった2021年初めから、2024年には一時160円台をつけ、2026年夏はおおむね150円台後半で推移している。5年ほどで、円の対ドル価値は3割以上下がった計算になる。
これは輸入ウイスキーの仕入れ値に直接効く。だが影響はそれだけではない。国産のウイスキーであっても、熟成に使う樽の多くは輸入品だ。バーボン樽もシェリー樽も海の向こうから運ばれてくるし、瓶やキャップ、ラベルといった資材、そして船と燃料も外貨建ての世界にある。国内で蒸留し国内で熟成した一本にも、円安はしっかり染み込む。
三つ目は、各社が改定の理由として実際に挙げている項目だ。サントリーは包材などの原材料価格と仕入れコストの上昇を、アサヒは包装資材や原材料価格の高騰と物流費の上昇に加えて、蒸溜所・工場への設備投資を挙げている。
最後の項目は見落とされやすいが、この商売の構造をよく表している。増設した設備でつくった酒が「12年」として棚に並ぶのは、十数年先だ。つまりいまの値札には、十数年後の供給を確保するための費用が含まれている。ウイスキーは、設備投資の回収期間が他の飲料と桁違いに長い商品なのだ。
「税金が上がったからでは」と考える人もいるかもしれないが、これは当たらない。
2026年10月の酒税改正では、ビールの税率が下がり、発泡酒(いわゆる新ジャンルを含む)や缶ハイボールのような商品の税率は上がる。一方で、ボトルのウイスキーにかかる酒税は1円も変わらない。棚のウイスキーが高くなった分は、税ではなく原価と需給の側から来ている。
ここまで読むと気が滅入るかもしれないが、買い手として重要なのは、値上げの効き方が価格帯によってまるで違うという点だ。
普段飲みの帯が無傷だったわけではない。角瓶は2023年7月1日出荷分から、700ml瓶の希望小売価格が税抜1,590円から1,910円へ、20%上がっている。上げ幅だけ見れば、2026年のプレミアム3ブランド(6〜15%)より大きい。
違うのは頻度と累積のほうだ。角瓶はこの2023年の改定以降据え置きで、2026年4月に改定されたウイスキーは山崎・白州・響の3ブランド、つまり角瓶もトリスも対象外だった。一方で山崎・白州・響は、2024年に1.5倍から2.25倍の改定を受け、その2年後にさらに6〜15%が上乗せされている。
累積で並べると差は明白だ。響 JAPANESE HARMONY は2年で約1.45倍。角瓶は3年で約1.2倍にとどまっている。
角瓶やトリスのような1,000円台の棚で家のハイボールをやっているなら、値上げの体感はずっと小さいはずである。
高い一本にいきなり手を出す前に小容量や飲み比べで試す、あるいは5,000円以下の帯から探すのも、値上げ局面ではむしろ理にかなった選び方だろう。
ウイスキーの値上げは、「人気だから高くなった」の一文では足りない。整理するとこうなる。
- 輸出額は2022年をピークに2年減り、その局面でも値上げは発表された
- 「12年」として出せる量は、需要が最も細っていた十数年前の仕込みで決まっている
- 円安が、輸入ウイスキーにも国産の資材にも効いている
- 資材・物流に加えて、十数年後のための設備投資が原価に乗っている
- 酒税は、ボトルのウイスキーについては上がっていない
- 発表された改定が、そのまま実施されるとも限らない
- 上がり方は一律ではなく、普段飲みの帯は改定の間隔が長い
言い換えれば、いまの値札は十数年前の判断と、いまのコストの合計である。そして各社が進めている設備増強の成果が「12年」として棚に並ぶのは、これからの十数年だ。
その意味では、値上げのニュースは悪い話ばかりでもない。仕込みの器が増えている以上、供給の天井はいつか上がる。それまでは、改定の間隔が長い帯を選びながら付き合っていくことになる。