二度「世界最高」に選ばれたグレンアラヒーを、ビリー・ウォーカーは蒸溜していない——彼が変えたのは、樽と、瓶に詰める日だった
2021年と2025年、ワールド・ウイスキー・アワードで世界最高のシングルモルトに選ばれたグレンアラヒー。だがその液体は、ビリー・ウォーカーが蒸溜所を買う何年も前に、ブレンド用として造られた原酒だった。
2025年、スペイサイドのグレンアラヒー12年が、ワールド・ウイスキー・アワードで「世界最高のシングルモルト」に選ばれた。2021年に続いて二度目の栄冠である。
蒸溜所を率いるのは、ビリー・ウォーカー。低迷した蒸溜所を次々と再生させてきたことで知られる人物だ。だから話はこうまとめられがちだ——名手が蒸溜所を買い、その腕で世界一に押し上げた、と。
ところが、事実の順番はそうなっていない。二度の受賞をもたらした液体を蒸溜したのは、ウォーカーではない。 彼がこの蒸溜所を手に入れる何年も前に、前の持ち主のもとで、ブレンド用の原酒として静かに造られたものである。
では、彼は何を変えたのか。
半世紀、自分の名前を持たなかった蒸溜所
グレンアラヒーが建てられたのは1967年。スコッチが世界中で売れに売れていた時代で、建てたのはマッキンレー・マクファーソン社、設計はウィリアム・デルメ・エヴァンス——ジュラやタリバーディンも手がけた、蒸溜所づくりの専門家だ。
目的ははっきりしていた。ブレンデッドウイスキーの材料をつくることである。 ここで生まれた原酒はクラン・キャンベルなどのブレンドへ流れていった。設備は年間400万リットル(純アルコール換算)を仕込める規模。要するに、量を出すための工場だった。
その後の道のりは平坦ではなかった。1985年にインヴァーゴードン社の手に渡ると、1987年には操業が止まる。原酒が余りに余った、いわゆる「ウイスキー・ロッホ」(原酒の湖)を背景にした大量閉鎖の一齣だ。1989年、すでにペルノ・リカール傘下にあったキャンベル・ディスティラーズがこれを買い取り、スチルを2基から4基に増やして再稼働させる。だが役割は変わらなかった。シングルモルトとして棚に並ぶ機会は、2017年までほとんど訪れないままだった。
三つの蒸溜所を建て直し、まとめて売った男
時計を2000年代に進める。まったく別の場所で名を上げていたのが、ビリー・ウォーカーだった。
2004年、彼は仲間とベンリアック蒸溜所を買う。2008年にはグレンドロナック、2013年にはグレングラッサ。いずれも大手が持て余していた蒸溜所で、彼はそこに眠る樽を選び直し、シングルモルトのブランドとして立て直していった。グレンドロナックが「シェリーの化身」と呼ばれるようになったのも、彼が2009年に打ち出した濃密な定番レンジからだ。

The GlenDronach 15 Year Old Revival
🏴 スコットランド ・ グレンドロナック蒸留所 ・ シングルモルト ・ 15年 ・ 46%
ただし現行の15年リバイバルは2018年に再発売されたもので、すでに次の持ち主の時代のボトルである。2016年4月、ジャックダニエルで知られるブラウン・フォーマン社が、ウォーカーの会社をで買収すると発表した。「私たちは12年間、この事業の管理人でいられたことを、この上なく光栄に思う」——それが彼のコメントだった。
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GlenAllachie 10 Year Old Cask Strength Batch 13
🏴 スコットランド ・ グレンアラヒー蒸留所 ・ シングルモルト ・ 10年 ・ 59.8%
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