なぜウイスキーには「whisky」と「whiskey」の二つの綴りがあるのか
ラベルをよく見ると、同じ酒なのに「whisky」と綴るものと「whiskey」と綴るものがある。この一文字の差はどこから来たのか。ゲール語の「命の水」に始まり、19世紀のアイルランドとスコットランドの対抗心、そしてアメリカへ渡った移民までをたどると、たった一文字に酒の歴史が凝縮されていることが見えてくる。
バーの棚を眺めていると、ふと妙なことに気づく。同じ「ウイスキー」なのに、あるボトルは whisky、別のボトルは whiskey と綴られている。単なる誤植でも気まぐれでもない。この「e」が一つ入るかどうかには、数百年分の歴史とちょっとした対抗心が畳み込まれている。なぜ綴りは二つに分かれたのか。
いまの使い分けはこうなっている
大まかな傾向として、スコットランド・カナダ・日本は「e」なしの whisky、アイルランドとアメリカは「e」ありの whiskey を使う。日本のウイスキーがスコッチを手本に発展した歴史を思えば、山崎や余市が「whisky」を名乗るのは自然な流れだ。複数形も綴りに従い、whisky は whiskies、whiskey は whiskeys となる。
ただし、これはあくまで「傾向」であって鉄の掟ではない。後で触れるように、アメリカには堂々と「whisky」を名乗る銘柄がいくつもある。
語源は同じ「命の水」
そもそもウイスキーという言葉は、ゲール語の uisge beatha(スコットランド)/ uisce beatha(アイルランド)にさかのぼる。ラテン語の aqua vitae、すなわち「命の水」を訳したものだ。蒸留の技術は12世紀ごろにアイルランドへ、15世紀ごろにスコットランドへ伝わったとされる。つまり出発点では、両者は同じ言葉を分け合う兄弟のような関係だった。
英語表記としての「whisky」が文献に現れるのはスコットランドで1715年、アイルランドで1738年ごろとされ、どちらも当初は「e」なしだった。18〜19世紀を通じて、生産者の多くは国を問わず「whisky」を好んで使っていた。綴りはかなり流動的で、両方が半ば交換可能に用いられていたのである。
一文字で袂を分かった19世紀
分岐がはっきりするのは19世紀後半だ。有力な説によれば、この頃アイルランドの蒸留業者たちが、自分たちの製品をスコッチと差別化するために意図的に「whiskey」を選んだとされる。当時アイリッシュは高い評価を得ており、「スコッチはその名声にただ乗りする模倣品だ」という自負が背景にあったという。こうして「e」入りがアイルランドの標準として定着していった(最後まで「whisky」を貫いたパディでさえ1960年代に「e」を加えたと言われる)。

このコラムの関連
関連するボトル

次に読む

なぜサントリーは約1.6兆円でジムビームを買ったのか——キリンとの統合破談から4年、「洋酒で世界へ」の賭け
2014年、サントリーは米ビーム社を負債込み約160億ドルで買収した。縮む国内市場、キリンとの統合破談、以前からの販売提携、伸びるウイスキー。発表資料と当時の報道から、日本の会社がバーボンの雄を買った理由をたどる。

なぜベンリアックは、スペイサイドなのにピートを焚くのか——65年眠った蒸溜所と、ブレンドの裏方だった「煙」
華やかなスペイサイドで、毎年「煙の季節」を設けるベンリアック。ピート蒸溜はいつ、なぜ始まったのか。公式年表と資料の食い違いを整理し、本土の泥炭が生む甘い煙と、オリジナル・テン/スモーキー・テンの飲み比べ方まで案内する。







