なぜ北極の無人島は、銃ではなく酒瓶で奪い合われたのか——カナダとデンマークの「ウイスキー戦争」が終わった日
北緯80度、面積1.3km²の無人島ハンス島。カナダとデンマークが半世紀ちかく争った領土紛争は、国旗と自国の酒を置き合ったことから「ウイスキー戦争」と呼ばれた。2022年に引かれた世界最北の陸の国境まで。
北極海にほど近い、面積わずか1.3km²の無人島がある。木は生えず、人は住まず、一年の大半は氷に囲まれている。岩がむき出しになっただけのこの島をめぐって、カナダとデンマークは半世紀ちかく争った。
ただし、この争いで撃たれた弾は一発もない。両国が島に置いていったのは、国旗と、一本の酒瓶だった。カナダは自国のウイスキーを、デンマークはシュナップスを。相手の旗を抜き、自国の旗を立て、隣に自分たちの酒を残していく。置かれていた相手の酒は持ち帰ったとも伝えられる。
「ウイスキー戦争(Whisky War)」と呼ばれたこの領土紛争は、2022年6月14日に終わっている。この記事では、なぜ酒瓶が領有権の主張になったのか、その間に何が起き、どう決着したのかをたどる。
北緯80度、両岸からおよそ18kmの島
舞台はハンス島。カナダ北部のエルズミーア島と、デンマーク領グリーンランドのあいだを走るネアズ海峡、その一部であるケネディ海峡に浮かんでいる。北緯80度49分。地図で探しても、点にしかならない大きさである。
この島の位置が、すべての原因だった。
この地点の海峡の幅は約35km。島は両岸からほぼ等距離の、およそ18kmのところにある。いまの海洋法では、沿岸国は基線から12海里(約22km)までを領海にできる。つまりこの島は、カナダの領海の内側でもあり、グリーンランドの領海の内側でもあった。「どちらの海の中にあるか」では決められない、数少ない場所だったのである。
1973年、境界線は島の手前で途切れた
1973年12月17日、カナダとデンマークは両国のあいだの大陸棚の境界を定める協定に署名した。海の上に一本の線を引く作業である。
ところが、その線はハンス島の上を通ってしまう。島を線でまっすぐ切るのか、どちらかに寄せるのか——結論が出ないまま、両国は変わった処理をした。境界線を島の南側の低潮線でいったん止め、島の反対側からまた始める。つまり、島の部分だけを空白のまま残し、いつか決めることにしたのだ。
半世紀ちかく続くことになる領土紛争は、この一箇所の空白から始まった。
1984年、旗と一本の酒
きっかけは石油だった。1980年代の初め、カナダのドーム・ペトロリアム社が、氷の動きを調べる拠点としてこの島を使っていることが明らかになる。放っておけば既成事実になる——そう考えたデンマークは、1984年に遠征隊を送った。
グリーンランド担当大臣だったトム・ホイエムは、ヘリコプターをチャーターして島に降り立ち、デンマーク国旗を立て、酒瓶と一枚の紙を置いた。紙にはこう書かれていた。「Velkommen til den danske ø(デンマークの島へようこそ)」。
同じ年、カナダの兵士たちも島に上陸し、カナダ国旗と、カナダ産のウイスキーを残していった。
じつは、どちらが先だったのかは確定していない。ホイエム本人は「最初の一本は自分だ」と主張しているが、記録は食い違っている。置かれた酒の中身も資料によって揺れており、デンマーク側はシュナップス、ブランデー、あるいは「ガメル・ダンスク」というデンマークのビターだったと伝えられ、カナダ側はカナディアンクラブだったとされる。確かなのは、旗のとなりに酒瓶を置いていくという振る舞いが、このころ始まったということだ。
ここで一つ、誤解を解いておきたい。「50年の紛争」と紹介されることが多いこの一件だが、酒と旗の応酬まで50年続いたわけではない。記録に残る上陸は1980年代から2000年代半ばまでに集中しており、しかもその頻度は両国で同じではない。上陸そのものはデンマーク側の記録が多く、酒が置かれたとはっきり分かるのは、そのうちのごく一部である。「必ず何年かおきに、双方が律儀に酒を交換していた」というほど整った話ではない、と考えたほうがいい。
いちばん険悪だった数年間
もっとも、ずっと和やかだったわけでもない。
2002年から2003年にかけて、デンマークは艦艇を島へ差し向けた。2005年にはカナダ軍が演習に合わせてレンジャーと兵士を送り込み、当時のビル・グレアム国防相みずからが上陸してみせた。デンマークはこれに抗議し、地質調査に乗り出す考えを示した。
新聞が「北極の領土問題」と書き立てた2005年を境に、両国は事務レベルでの協議へ舵を切っていく。旗と酒瓶の応酬も、このあたりで途切れる。
2022年6月14日、島に線が引かれた
決着したのは、それから17年後だった。
2022年6月14日、オタワにある王立カナダ地理学協会の本部で、カナダのメラニー・ジョリー外相、デンマークのイェッペ・コフォズ外相、そしてグリーンランドのムテ・エゲデ首相が協定に署名した。
内容はごく単純である。島を南北に走る自然の谷筋に沿って分割する。境界を定めるのに必要な座標はわずか3点、線の長さは1,300mに満たない。取り分については、資料によって「ほぼ半分ずつ」とも「6対4でデンマーク側が広い」とも伝えられる。
この短い線は、地図の上にいくつもの記録を残した。カナダにとっては、アメリカ以外と接する初めての陸の国境。現在のデンマーク王国にとっては、ドイツに次ぐ二つ目の陸の国境。そしてグリーンランドにとっては、歴史上はじめての陸の国境だ。北緯80度に引かれたこの線は、世界でいちばん北にある陸の国境でもある。あわせてリンカーン海からラブラドル海にいたる海の境界も引き直され、両国はこれを全長およそ4,000km、世界で最も長い連続した海上境界だとしている。
そして署名式では、最後にもう一度だけ、酒瓶が交換された。ジョリー外相は、受け取ったシュナップスを歴史博物館に納めると語っている。
島の名は、グリーンランドの案内人のものだった
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