なぜウイスキーは水を一滴垂らすと香りが開くのか
カスクストレングスに水を少し加えると、香りがふわりと立ちのぼる。この「開く」という現象の正体を、エタノールと香り成分の分子的なふるまいから読み解く。
バーで度数の高いウイスキーを頼むと、「少し水を垂らしてみてください」と勧められることがある。実際にやってみると、それまで閉じていた香りが急にふわりと立ちのぼり、味わいも角が取れてまろやかになる。愛好家はこれを「開く」と呼ぶ。だが、なぜたった数滴の水が、香りをこれほど変えてしまうのだろうか。俗説も多い話題だが、近年は分子レベルの研究も進んでいる。順を追って考えてみたい。
香りは「液面」から立ちのぼる
まず押さえておきたいのは、私たちが嗅いでいる香りは、グラスの液面から空気中へ揮発した成分だということだ。液体の中に香り成分がいくら溶けていても、表面に出てこなければ鼻には届かない。つまり「香りが開く」とは、香り成分が液面へ出てきやすくなる状態を指している。
鍵を握るエタノールと香り成分の関係
2017年、スウェーデンのリンネ大学のビョルン・カールソンとラン・フリードマンは、水とエタノールの混合液の中で香り成分がどうふるまうかをコンピュータシミュレーションで調べ、その結果を科学誌『Scientific Reports』に発表した。彼らが着目したのは、ウイスキーのスモーキーさや樽由来の香ばしさに関わるグアイアコールという成分だ。
シミュレーションによれば、エタノール濃度がおよそ45%以下では、グアイアコールはエタノールとともに液面付近に集まりやすい。ところが濃度が59%を超えると、グアイアコールは周囲をエタノールに取り囲まれ、液の内部へと引き込まれてしまう。つまり度数が高すぎると、香り成分は液の奥に隠れてしまうというわけだ。
ここに加水の意味がある。カスクストレングス(樽出しの高い度数)のウイスキーに水を足して度数を下げてやると、グアイアコールが液面側へ移動し、香りが立ちやすくなる——これが「開く」現象の有力な説明のひとつである。もっともこれはあくまでシミュレーションに基づく知見であり、実際の香りの感じ方には他の成分や個人差も絡む点は割り引いて捉えたい。

Glenfarclas 105 Cask Strength
🏴 スコットランド ・ グレンファークラス蒸留所 ・ シングルモルト ・ NAS ・ 60%
白く濁るのは「香りの素」が溶けきれなくなる証拠
高い度数のウイスキーに水を加えると、うっすら白く濁ることがある。これは欠陥ではない。原酒には樽由来の長鎖脂肪酸エステルなどが溶け込んでいるが、これらはアルコール度数が下がったり温度が下がったりすると溶けきれなくなり、微細な粒子となって濁りを生む。裏を返せば、それだけ豊かな風味成分が含まれている証拠でもある。
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