なぜミズナラ樽はウイスキーに白檀や伽羅のような香りを与えるのか
山崎や響を口にしたとき、ふと立ちのぼるお香のような香り。その多くはミズナラ樽に由来する。なぜ日本の楢だけが白檀や伽羅を思わせる香りを生むのか、その化学と歴史をマニアックに掘り下げる。
熟成に使う樽の樹種で味が変わる——これはウイスキー好きなら知っている話だ。だが数あるオークのなかでも、日本の「ミズナラ(水楢)」だけがまとう、あの独特の香りには特別な引力がある。上質な山崎や響を深く嗅ぐと、バニラや果実の奥から、白檀(びゃくだん)や伽羅(きゃら)を思わせる、お香のような東洋的な香りがふっと立つことがある。愛好家が「オリエンタル」と呼ぶこの香りは、なぜ日本の楢からだけ生まれるのか。その正体を、化学と歴史の両面から掘り下げてみたい。
そもそもミズナラとは何者か
ミズナラ(学名 Quercus crispula、モンゴリナラの変種とする見方もある)は、北海道などに自生する日本の楢だ。ウイスキー樽の定番であるアメリカンオーク(Quercus alba)やヨーロピアンオーク(Quercus robur など)とは別種で、木目が粗く、節や導管が多い。このため樽材としては非常に扱いにくい。液漏れしやすく、加工には目の詰まった良質な大径木が必要で、歩留まりも悪い。サントリーが保有すると言われる樽のうち、ミズナラ樽はごくわずかとされ、希少性が価格にも直結している。
香りの鍵を握る「ウイスキーラクトン」
では、あの香りはどこから来るのか。中心的な役割を果たすと考えられているのが、オークに含まれる香気成分「ウイスキーラクトン(オークラクトン、β-メチル-γ-オクタラクトン)」だ。この成分にはシス型とトランス型があり、とりわけシス型はココナッツや甘い木の香りを強く放つ。ミズナラはこのシス型ラクトンを豊富に含むことが知られており、甘くウッディな香りの土台をつくる。
興味深いのは、このウイスキーラクトンの発見史そのものに日本が関わっている点だ。1970年前後、サントリーの増田・西村らがミズナラおよびホワイトオークの抽出物からこの成分を報告しており、日本の楢の香気研究は早くから進んでいた。
白檀・伽羅の正体は「時間」がつくる
ただし、ラクトンだけでは白檀や伽羅の説明はつかない。この東洋的な香りには、ミズナラ材に含まれる各種のセスキテルペン類など複数の成分が関与すると考えられているが、どの分子が決定的かは今なお研究途上で、断定はできない。確かなのは、この香りが「時間」と分かちがたいことだ。
新しいミズナラ樽は、若いうちは木香(きが)が荒々しく、青くささや過剰な渋みが出やすい。それが十数年、二十年と長い熟成を経ることで角が取れ、あの伽羅のような深い香りへと熟れていく。ミズナラが「長期熟成でこそ真価を発揮する樽」と言われるのは、このためだ。裏を返せば、短期のフィニッシュ(追熟)で得られるミズナラ香と、長期熟成の原酒がまとう香りは、質が異なると考えたほうがよい。
偶然から個性へ
そもそもミズナラが使われたのは、狙ってのことではなかった。第二次世界大戦で欧州産シェリー樽の輸入が途絶え、代替として国産材に活路を求めた結果だと伝えられる。当初は「木香が強すぎる」と持て余された樽が、長期熟成を経てジャパニーズウイスキーを象徴する香りへと化けたわけだ。いまではスコッチのシーバスリーガルがミズナラ樽仕上げを世に問うなど、その個性は国境を越えて評価されている。
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