なぜお酒(ウイスキー)を飲むと、蚊に刺されやすくなるのか——3つの研究が確かめた事実と、まだ説明がついていない仕組み
「飲むと蚊に刺されやすい」は、複数の研究で繰り返し観察されています。ところが定番の説明「二酸化炭素が増えるから」「体温が上がるから」は、研究者が実際に測ったうえで、誘引の増加とは対応しなかったと報告しています。
夏の夕方、ベランダやキャンプ場のテーブルに氷とグラスを出す。二杯目に入ったころ、足首がむず痒くなる。見ると赤い点が三つ。隣で烏龍茶を飲んでいる人は、なぜか無傷——。
「酒を飲んでいると蚊に刺されやすい」は、酒飲みのあいだで長く語られてきた実感です。そして珍しいことに、この俗説には実際に人と蚊を使って測った研究がいくつもあります。結論から言えば、刺されやすいのはどうやら本当のようです。
面白いのはその先です。なぜそうなるのかは、20年以上たったいまも決着していません。 よく語られる「アルコールが分解されて二酸化炭素が増えるから」「体温が上がるから」という理由づけは、研究者がその二つを実際に測ったうえで、誘引の増加とは対応しなかったと報告しています。
この記事では三つの研究を順にたどりながら、どこまでが確かめられていて、どこからが分かっていないのかを分けて整理します。屋外の一杯を守る実際的な話は、最後に。
研究1:ビール350mlで、蚊は明らかに寄ってきた(2002年・日本)
出発点は日本の研究です。2002年、白井良和らが『Journal of the American Mosquito Control Association』に発表した論文のタイトルは、そのものずばり「Alcohol ingestion stimulates mosquito attraction(アルコール摂取は蚊の誘引を促す)」でした。
被験者は13人(20〜58歳の男性12人と、24歳の女性1人)。ここに30歳男性の対照を1人立て、アルコール5.5%のビールを350ml飲む前と後で、ヒトスジシマカが体に着地する割合を比べています。
結果は、飲酒後に着地率が有意に増加。ここまでは俗説どおりです。
問題は、同じ研究が理由を探して空振りしていることです。研究チームは汗に含まれるエタノール量、発汗量、皮膚温を測っていました。ところが論文が報告したのは、汗中エタノールと皮膚温は、飲酒と着地の増加のあいだに相関を示さなかった、ということでした(発汗量について、要旨に記載はありません)。
つまり「汗から酒の匂いがするから蚊が来る」でも「体が火照るから来る」でも、少なくともこの実験の測定値では説明がつきません。何かが起きているのに、測った項目では捉えられなかった——というのが、この分野の出発点でした。
研究2:ビール1リットルと水1リットルを比べる(2010年・ブルキナファソ)
8年後、西アフリカのブルキナファソで、より厳しい設計の実験が行われました。マラリアを媒介するガンビエハマダラカを相手にした研究で、『PLoS ONE』に掲載されています。
成人男性43人を無作為に二群へ分け、25人にはドロ(ソルガムから造る現地のビール、アルコール約3%)を1リットル、18人には水を1リットル飲ませ、飲む前と飲んだ15分後で、Y字型の装置に流した体臭と呼気への蚊の反応を比べました。
比較されたのは「ビール前・ビール後・水前・水後」の4条件です。結果は明快でした。
- 蚊が飛び立って風上へ向かう「活性化」:他の3条件が35〜38%だったのに対し、ビールを飲んだ後は47%(オッズ比1.63、95%信頼区間1.41〜1.89、P<0.001)
- そのまま被験者の匂いのほうへ向かう「方向づけ」:他の3条件が47〜53%だったのに対し、ビールを飲んだ後は65%(オッズ比1.77、95%信頼区間1.36〜2.30、P<0.001)
- 水を1リットル飲んだ群では、どちらも有意に変わらなかった
「水分をたくさん摂ったからでは」「屋外にじっと座っていたからでは」という説明を排除できるのが、この対照群の効いているところです。なお資金は仏国立研究機構(ANR)で、著者らは利益相反なしと申告しています。ビール会社が出資した研究ではありません。
そしてこの研究は、通説を二つ反証しています。呼気の二酸化炭素は、ビールを飲んでも有意に変化しませんでした。 それどころか、呼気の二酸化炭素が多いときほど「方向づけ」はわずかに低かった(オッズ比0.998、P<0.001)と報告されています。体温はビール摂取後にむしろわずかに低下し(36.3℃→36.1℃)、誘引とは無関係でした。
日本語のウェブでは「アルコールが分解されて二酸化炭素が増え、それを蚊が感知する」という説明が繰り返し書かれています。少なくともこの実験は、その二酸化炭素を測ったうえで「増えていない」と報告しています。著者らが挙げた仮説は「アルコールの代謝にともなって呼気や体臭の成分が変わるのだろう」という、かなり控えめなものでした。
研究3:音楽フェスに465人(2023年・オランダ)
もっとも新しく、もっとも規模が大きいのが、オランダの研究です。
2023年8月、ラドバウド大学のフェリックス・ホルらのチームは、Lowlandsという大型音楽フェスの会場に、輸送コンテナの仮設ラボを持ち込みました。3日間で465人が参加し、衛生・食事・フェスでの行動(飲酒や、前夜に誰と寝たかを含む)についてのアンケートに答え、蚊の入ったケージに腕をかざしています。ケージには小さな穴が開いていて、蚊は匂いを嗅げるが刺せない。着地の様子はビデオで記録されました。
報告された結果のうち、いちばん目を引いたのがビールです。検査前12時間以内にビールを1杯以上飲んだ人は、飲まなかった人の約1.35倍(95%信頼区間1.12〜1.63)、蚊にとって魅力的だった。 前夜に誰かと同じベッドで寝た人も、ほぼ同じ大きさ(約1.34倍)で誘引されやすくなっていました。
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