なぜ、飲みすぎた夜のあと嫌いになるのは「あの一本」だけなのか——一度で刻まれる味覚嫌悪学習と、頭痛では「避ける」で済み、吐き気だけが「嫌い」を作る理由
「テキーラだけは無理」「あの夜の一本は匂いだけで胃が縮む」——それは意志の弱さではなく、一度きりで成立する味覚嫌悪学習だった。標的に選ばれるのが馴染みの薄い酒である理由、そして頭痛では「避ける」で済むのに、吐き気だけが「嫌い」を作る理由を読み解く。
「テキーラだけは、いまでも無理」——飲みの席でこの手の話になると、たいてい誰かが似た告白をする。学生時代に浴びるほど飲んだ焼酎。社会人になりたての頃に潰れた日本酒。そしてウイスキーもまた、しばしばその「二度と飲めない一本」に選ばれてしまう。
不思議なのは、その嫌悪がやけに正確なことだ。あの夜、たしかにビールもハイボールも飲んだはずなのに、憎いのはその夜はじめて手を出した一本だけ。しかも何年経っても、グラスに注がれた瞬間の香りで胃のあたりが縮む。
これは意志の弱さでも、気の持ちようでもない。「味覚嫌悪学習」と呼ばれる、生き物にとってきわめて重要な仕組みが働いている。
一度きりで、しかも何時間も空いて成立する
ふつう、条件づけには繰り返しが要る。パブロフの犬も、音と餌を何度も組み合わせてはじめて反応するようになった。しかも二つの出来事は、ほぼ同時に起きなければ結びつかない。
味覚嫌悪学習は、この二つの原則をどちらも破る。
1950〜60年代にジョン・ガルシアらが行った一連の実験では、ラットに甘い水を飲ませたあと、時間を空けてから気分の悪くなる処置をした。それだけで、ラットは以後その甘い水を避けるようになる。たった一回、しかも味と不調のあいだに30分の空白があっても学習が成立した。のちの研究では、その間隔が数時間あいても成立することが確かめられている。
さらに興味深いのは、何と何が結びつくかが最初から偏っている点だ。ガルシアとケーリングが1966年に報告した実験では、内臓の不快感は味と結びつくのに、同時に提示された光や音とはほとんど結びつかなかった。逆に電気ショックのような痛みは、味ではなく光や音と結びつく。
体は「腹の不調の犯人は、口に入れた何かだ」と最初から決め打ちしているわけだ。理にかなっている。自然界で腹を壊す原因の多くは、実際に食べたものだからだ。しかも一度で覚えなければ、二度目の機会はないかもしれない。
人でも起きる——65%が持っていて、嫌悪の4分の1は酒
ラットの話だけではない。1981年にローグらが517人の大学生に食べ物・飲み物への嫌悪をたずねた調査では、415件の嫌悪が集まり、65%の人が少なくとも一つは持っていた。そして——ここが酒飲みには他人事でない——挙げられた嫌悪のおよそ4分の1はアルコール飲料だった。
同じ調査では、嫌悪が見た目ではなく味に結びつく傾向があること、そして食べてから具合が悪くなるまでに長い時間が空いた例が多いことも報告されている。
この現象を広く知らしめたのは、心理学者マーティン・セリグマンが1972年に紹介した自身の体験談だ。ステーキにベアルネーズソースをかけて食べ、そのあとオペラを観に行った彼は、食後6時間ほどしてから胃腸炎で激しく吐いた。以後、彼はそのソースが嫌いになった。一緒に食べたステーキでも、白い皿でも、あいだに観たオペラでもなく、ソースの味だけが標的になったのだ。
この逸話の眼目は、その先にある。翌日、彼は学科で胃腸炎が流行していることを知る。つまりソースは無実だと頭では分かった。それでも、嫌悪は消えなかった。ここから、味覚嫌悪学習は「ソース・ベアルネーズ症候群」と呼ばれることがある。
「頭が痛かった」だけでは、嫌いにはならない
ここからが、飲む人にとっての核心だ。
飲みすぎた翌日の不調にはいろいろある。頭痛、動悸、顔のほてり、そして吐き気。どれも同じくらいつらいが、「その味が嫌いになる」という結末を作るのは、どうやら吐き気だけらしい。
ペルチャットとロージンが1982年に報告した研究は、症状の種類によって結末が変わることを示している。吐き気や嘔吐をともなった場合、人はその食べ物の味そのものを「まずい」と感じるようになる。一方、腹痛や頭痛、じんましん、呼吸の苦しさといった別の不調が起きた場合、人はその食べ物を避けるようにはなるものの、味の感じ方そのものは変わらない。
つまり、避ける理由が違う。前者は「嫌い」で、後者は「危ない」だ。
色の濃い酒ほど翌朝がつらいと言われるウイスキーでも、頭を抱えただけで済んだのなら、その銘柄が「まずい酒」に書き換わることはないだろう。だが便器を抱えた夜の一本は、本当に嫌いな味へと変えられてしまうことがある。もっとも、この研究が比べたのは食べ物と病気の組み合わせであって、二日酔いの頭痛と吐き気を直接比べたものではない。飲酒の場面にそのまま当てはめるのは、あくまで推測を含む。
標的に選ばれるのは、馴染みの薄い一本
では、なぜ数ある酒のうち特定の一本だけが憎まれるのか。
決め手のひとつは「馴染みの薄さ」だ。ローグらの調査でも、嫌悪は比較的なじみがなく、もともと好きでもなかった飲食物に形成されやすいと報告されている。何度も安全に飲んできた味は、体がすでに「これは安全だ」と学習済みで、犯人リストに挙がりにくい。
冒頭のテキーラが槍玉に挙げられがちなのも、この観点なら腑に落ちる。日本の飲み手にとって、テキーラは日常的に飲む酒ではないことが多い。ウイスキーもまた、ふだんビールやチューハイを飲む人が飲み会でいきなり手を出す酒だ。飲み慣れた一杯より、その夜はじめて口にした強い酒のほうが、記憶に刻まれやすい。
ただし、馴染みがあることは確率を下げるだけで、免除ではない。吐き気が強ければ、何年も飲んできた銘柄が標的になることもある。
香りにも刻まれる
ウイスキーが「二度と飲めない酒」の常連であるのは、たぶん偶然だけではない。
度数が高く、勢いで飲めば量の感覚を見失いやすい。そして味と香りの個性が突出している。ピートの煙、シェリー樽の甘さ、バニラや花の香り——目印としては、これ以上ないほど際立っている。
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