ウイスキーは血糖値を上げないのか——「糖質ゼロ」でも、前夜の酒が翌朝の血糖を下げることがある理由
ウイスキーに糖質はゼロ。だから血糖値には影響しない、と思われがちだ。だが肝臓は酒の分解を血糖の維持より優先する。さらに前夜の一杯は、別の経路で翌朝の血糖にまで尾を引くことがある。一杯・一晩・年単位で向きが変わる血糖の動きを、研究と公的資料から追う。
「ウイスキーは糖質ゼロだから、血糖値には優しい」——酒売り場でも飲みの席でも、ずいぶん定着した言い方だ。糖質オフを掲げるビールが並び、ハイボールが「太りにくい酒」として選ばれるようになって、その印象はさらに強まった。
たしかに前半は正しい。ウイスキーに糖質は入っていない。だが「だから血糖値には影響しない」まで進むと、話がずれる。実際に起きているのは「上がらない」であって、「動かない」ではないからだ。条件がそろえば、血糖はむしろ下がる側に押される。しかも話はその晩で終わらず、別の経路で翌朝にあらわれることがある。
飲んだ直後——たしかに、この一杯は血糖値を上げない
まず、よく言われる部分から確かめておく。
ウイスキーの糖質はゼロだ。原料の穀物に含まれていた糖は発酵でアルコールに変わり、糖などの不揮発性の成分は蒸留の段階で釜に置き去りにされる。日本食品標準成分表(八訂)でもウイスキーの炭水化物は100gあたり0g、エネルギーは234kcal。グラスに直すと、シングル30mlでおよそ66kcalになる。この66kcalは糖質ではなく、ほぼすべてアルコール由来だ。
だからウイスキーをストレートや無糖の炭酸で飲むかぎり、砂糖入りの飲み物のように食後の血糖が跳ね上がることはない。看板に嘘はない。カロリーの中身についてはウイスキーは太るのかで詳しく扱っている。
問題は、そのあとに来る。
肝臓は、酒の分解を血糖の維持より優先する
血糖を一定に保つ仕事を担っているのは、おもに肝臓だ。食事から時間が空くと、肝臓は蓄えておいたグリコーゲンを分解して糖を出す。それでも足りなければ、アミノ酸などからブドウ糖を作り直す。後者を糖新生という。空腹でも意識を保っていられるのは、この二段構えのおかげだ。
ところがアルコールが入ると、肝臓の優先順位が変わる。MSDマニュアル(プロフェッショナル版)は、アルコールが肝臓での糖新生を減少させると記している。エタノールがアセトアルデヒドを経て酸化されていく過程で、補酵素NADがNADHへと大きく偏り、糖新生の経路が何か所かで滞る——というのが標準的な説明だ。
ここにもうひとつの条件が重なると、事態が変わる。食事をとらずに飲むことである。グリコーゲンの蓄えが細っている状態では、血糖の下支えは糖新生に頼るしかない。その糖新生が鈍れば、二段構えの両方が同時に外れる。アルコールによる低血糖が、断食後や食事を抜いた深酒で問題になりやすいのはこのためだ。空きっ腹で飲むと早く酔うのは吸収の話だが、血糖の面でも空腹の飲酒は分が悪い。
飲んだあとに締めのラーメンや甘いものが恋しくなる背景として血糖が挙げられるのも、この仕組みからだ。もっともあの欲求にはホルモンや神経の要因も重なるので、血糖だけで説明することはできない。
それでは終わらない——「翌朝」に出てくる、もう一本の道
ここまでは、飲んでいるあいだと、その後しばらくの話だ。ところが影響はそこで終わらない。翌朝、まったく別の経路であらわれることがある。
2001年に『Diabetes Care』誌へ載ったターナーらの報告は、1型糖尿病の男性6人(19〜51歳)を2回にわたって入院させ、夜9時から90分かけて辛口の白ワイン(体重1kgあたりアルコール0.75g)を飲む日と、ミネラルウォーターを飲む日を比べたものだ。体重70kgなら純アルコールで約52g——ウイスキーのダブルにして2杯半を超える量になる。夕方6時と翌朝8時には決められた食事が出され、夜11時からはインスリンの持続注入が行われている。
差が出たのは、飲んだ晩ではなく翌朝だった。夜間の血糖に有意な差は出ていない——インスリンの注入と決められた食事で管理されていたためで、前節で述べた「空腹で飲んだときの落ち込み」が起きる条件ではなかったからだ。
変化があらわれたのは朝である。朝食後の血糖のピークは、水の日の15mmol/L(約270mg/dL)に対してワインの日は8.9mmol/L(約160mg/dL)と明らかに低く、午前10時以降に6人中5人が低血糖の治療を必要とした。最低値は1.9〜2.9mmol/L(およそ34〜52mg/dL)まで落ちている。
注目したいのは、その理由として著者らが示唆したものだ。ワインの日は、深夜0時から午前4時にかけて成長ホルモンの分泌が有意に減っていた。成長ホルモンは、血糖が下がったときにそれを引き戻す側のホルモンである。前夜のアルコールは翌朝にはとうに代謝を終えているから、糖新生の抑制がそのまま持ち越したわけではない。夜のうちに防御側のホルモンが削られ、その状態で朝を迎えた——というのが論文の筋立てだ。
ただしこれは1型糖尿病の男性6人という小規模な研究で、しかもインスリン注入下での結果だから、健康な人にそのまま当てはめられるものではない。だが「夜の酒が翌朝に響く」という時間差そのものは、英国のDiabetes UKも注意喚起している。同団体は、低血糖のリスクは飲み終えたら消えるのではなく、むしろ上がり、最大24時間続きうると明記している。
いちばん怖いのは、低血糖が「酔い」に見えること
低血糖の症状を、MSDマニュアルは自律神経症状(発汗、悪心、熱感、不安、振戦、動悸、空腹感)と、中枢神経系症状(頭痛、霧視または複視、錯乱、興奮、痙攣発作、昏睡)に分けて並べている。
この並びを、酔った人の様子と見比べてほしい。ほとんど区別がつかない。汗をかいている、手が震えている、言うことがおかしい、ろれつが怪しい——ことを知っている人ほど、それを「飲みすぎたな」で片づけてしまう。Diabetes UKも「低血糖を酔いと取り違えるのは珍しいことではない」と述べている。
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