なぜ夏のハイボールは「水分補給」にならないのか——汗で失った水を酒で戻せない理由と、翌日まで続く脱水
猛暑日のハイボールは、失った水の代わりになるのか。環境省のマニュアルは、酒での水分補給を「どのような種類の酒であっても」誤りだと退けています。ウイスキー特有の「水が少なくアルコールが多い」構造と、翌日まで続く脱水の話。
汗だくで帰り着いて、冷蔵庫からグラスを出し、氷を放り込んで、濃いめのハイボールを一杯。夏のいちばん報われる瞬間です。ただ、この一杯を「水分補給」として数えていないでしょうか。
環境省の『熱中症環境保健マニュアル』は、その考え方を名指しで否定しています。しかも、否定されているのはビールだけではありません。ウイスキーも、ハイボールも、等しく含まれています。
夏の脱水は「喉が渇く」問題ではない
同マニュアルによれば、人が体温を下げる方法は二つあります。日陰に移る・冷房を使うといった行動による調節と、皮膚の血管を広げて熱を逃がし、汗をかいて気化熱を奪う自律的な調節です。
ここで効いてくるのが、皮膚表面の温度は「せいぜい35℃まで」しか上がらない、という制約です。皮膚から熱を逃がすには、皮膚が周囲の空気より熱くなければいけません。気温がこの35℃に迫るほど、放熱の経路は細くなっていきます。だから高温環境では、体温調節が汗にほぼ全面的に依存することになります。周囲の温度が35℃を超えると、むしろ熱は体のほうへ入ってきます。
そして汗の原料は、血液中の水分と塩分です。体の水が足りなければ、汗そのものが作れません。
つまり夏の脱水は、「喉が渇いてつらい」という不快さの問題ではなく、体温を下げる装置が動かなくなるという話です。熱中症が例年、梅雨明けの7月下旬から8月上旬に多発するのも、この装置がいちばん酷使される時期だからです。
「どのような種類の酒であっても」
マニュアルの水分補給の項には、こう書かれています。
なお、どのような種類の酒であっても、アルコールは尿の量を増やし体内の水分を排泄してしまうため、汗で失われた水分をビール等で補給しようとする考え方は誤りです。一旦吸収した水分も、それ以上の水分とともに、後に尿で失われてしまいます。
読み飛ばしやすいのは後半です。飲んだ分が「効かない」のではなく、飲んだ分もろとも、それ以上が出ていく。差し引きがマイナスになる、と書かれています。
仕組みとしては、アルコールが抗利尿ホルモン(腎臓に水の再吸収を指示するホルモン)の分泌を抑え、尿の量が増えるためです。飲むとトイレが近くなるあの現象と、夏の脱水は地続きになっています。
そして冒頭の「どのような種類の酒であっても」。ハイボールは水分が多いから例外、という逃げ道はここで塞がれています。
ウイスキーは「水が少なくアルコールが多い」酒である
ウイスキーには、この話をもう一段シビアにする事情があります。度数の高さです。
厚生労働省の資料は、純アルコール量をこう計算します。
純アルコール量(グラム)=お酒の量(ml)×アルコール度数(%)÷100×0.8
同じ資料の一覧では、40%のウイスキー60ml(ダブル1杯)が、おおむね純アルコール20g。これはビール500ml(中瓶またはロング缶1本)と同じ量です。
ここが肝心なところで、アルコール量は同じでも、体に入る液体の量はまるで違います。ビールは500ml、ウイスキーのダブルは60ml。およそ8分の1です。ハイボールにして炭酸水を120ml足しても、グラス1杯で180ml前後。7%の缶ハイボールなら350mlで純アルコールはやはり20g前後ですが、それでもビール中瓶の液量には届きません。
**割っても、アルコールの量は1グラムも減りません。**増えるのは水分のほうだけで、しかもその水分は、先ほどの引用のとおり、後からそれ以上の量とともに出ていきます。
ちなみに同じ資料は、生活習慣病のリスクを高める量として1日あたり純アルコール男性40g・女性20g以上を挙げています。40%のウイスキーなら、男性でダブル2杯、女性でダブル1杯。夏の夜、氷が溶けるにまかせて注ぎ足していると、意外なほど早く届く数字です(少量でもしっかり酔う理由は、この密度にあります)。
効いてくるのは、その日の夜だけではない
同じマニュアルには、運動や仕事の前に確認すべきチェック項目が並んでいます。そこに「過度のアルコール摂取はないか」「二日酔いではないか」「脱水状態ではないか」が入っています。本文でも、深酒をして二日酔いの人は脱水状態であり、暑い場所での活動は「非常に危険」だと書かれています。
夜の一杯が翌日まで尾を引く経路は、脱水だけではありません。厚生労働省の情報サイトは、アルコールについて「一時的には寝付きをよくしますが、深いノンレム睡眠を減らす、中途覚醒を増やすなど、睡眠の質を低下させる」と説明しています(寝酒で夜中に目が覚める仕組みは、それ自体が一本の記事になる話です)。
そして同マニュアルのコラムによれば、睡眠不足の翌日は体温が高くなり、汗の量も増え、体温調節の機能そのものが落ちます。夏の睡眠不足は熱中症のリスクを高くする可能性がある、と書かれています。
寝る前の濃い一杯 → 夜のうちに水が出ていく → 眠りが浅い → 翌日は体温調節が鈍った状態で猛暑日に出ていく。この連鎖が、いちばん暑い時期に重なります。
それでも、夏の一杯を楽しむために
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