なぜ「ザ・グレンリベット」だけが "The" を名乗れるのか——密造の谷と、名前を奪い合った蒸溜所たち
棚に並ぶ多くのスペイサイド銘柄が、かつて自社名に「グレンリベット」を添えていた。定冠詞「The」を掲げられるのはなぜ一軒だけなのか——密造の谷で唯一合法化した男と、1884年の商標決着をたどる。
スーパーやバーの棚を見渡すと、スペイサイドの銘柄の多くが、かつて自分の名前のうしろに「グレンリベット」と付けていた時代がある。それなのに、堂々と「The(ザ)」を掲げてよいのは、ただ一軒だけ。なぜ「ザ・グレンリベット」だけが、この定冠詞を名乗れるのか。その答えには、密造の谷でたった一人だけ掟を破った男と、名前をめぐる長い裁判が隠れている。
密造の谷で、ひとりだけ合法になった男
18〜19世紀のスコットランド・ハイランドでは、密造が当たり前の営みだった。重い酒税を逃れ、谷あいに隠した小さな蒸溜器で夜のあいだに酒を焚く——グレンリベットの谷も、そんな無数の密造小屋がひしめく土地のひとつだった。
流れを変えたのが1823年の酒税法(Excise Act)だ。免許料を大幅に下げ、小規模な蒸溜所でも合法的に酒が造れるようにした。この法案を議会で後押ししたのが、土地の領主でもあったゴードン公爵だと言われる。そして翌1824年、アッパー・ドラミンという農場で密造を続けていたジョージ・スミスが、10ポンドを払って免許を取得する。グレンリベットの谷で最初に合法化した一軒であり、ハイランド初の合法蒸溜所と紹介されることも多い。
だが、まわりはまだ全員が違法のまま。「掟破り」と見なされたスミスには、蒸溜所を焼くという脅しが届いた。彼が身を守るために二挺のピストルを常に携えていた話は有名で、その銃は隣町アベラワーの領主から贈られた10ギニーもののヘアトリガー式だったと伝えられている。実際に発砲したのは生涯で一度きりだったという。
The Glenlivet 12 Year Old Illicit Still
🏴 スコットランド ・ ザ・グレンリベット蒸留所 ・ シングルモルト ・ 12年 ・ 48%
品質の代名詞になり、名前が奪い合われた
グレンリベットの酒は、合法化の前から評判が高かった。1822年に国王ジョージ4世がエディンバラを訪れた際、「グレンリベットを飲みたい」と所望したという逸話も残る(真偽には諸説ある)。こうして「グレンリベット」は、特定の一軒を指す名というより、上質なスペイサイド・モルトの代名詞として一人歩きしていった。
すると何が起きたか。近隣の蒸溜所がこぞって自社の酒に「グレンリベット」の名を添えて売り始めたのだ。あまりに多くの銘柄が名乗るので、当時この一帯は「スコットランドで一番長い谷(the longest glen in Scotland)」と皮肉られたほどだった。
1884年、「The」だけが残った
黙っていられなかったのが、ジョージの息子ジョン・ゴードン・スミスである。彼は「グレンリベット」を自社の商標として守ろうと法廷闘争に踏み切る。訴訟は長引き、費用は莫大にふくらんだ。
決着は1884年。取り交わされた合意により、「The Glenlivet」と定冠詞つきで名乗れるのはスミスの蒸溜所ただ一軒と定められた。一方でマッカラン、アベラワー、グレングラント、モートラック、グレンファークラスなど10ほどの蒸溜所には、自社名のうしろにハイフンで「-Glenlivet」と付ける形——あくまで接尾辞としての使用だけが認められた。棚に並んだ「◯◯-グレンリベット」表記は、この和解の名残なのだ。
いま、その一杯に残っているもの
現在のザ・グレンリベットはシーバス・ブラザーズ(ペルノ・リカール傘下)が手がけ、世界で最も売れるシングルモルトの一つに数えられる。谷を吹き抜ける風のように軽やかで、洋梨や花を思わせるなめらかな味わいは、スペイサイドの「お手本」と呼ばれてきた。
まず一本目には、花とフルーツが素直に開く定番の12年か、若い原酒を軽やかにまとめたファウンダーズ・リザーブを。谷の物語を思い浮かべながら飲むなら、名前に「密造」を刻んだイリシット・スティルという遊び心のあるボトルも面白い。
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🏴 スコットランド ・ ザ・グレンリベット蒸留所 ・ シングルモルト ・ NAS ・ 40%

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