なぜウイスキーの味は「酵母」でも変わるのか——蒸留で消えると思われがちな、発酵の立役者
麦や樽ほど語られないが、発酵で働く「酵母」もウイスキーの香味を左右する。蒸留すれば消えると思われがちな酵母の役割を、スコッチの標準株、フォアローゼズの10レシピ、日本の自社酵母、そして最新研究から読み解く。
ウイスキーの味を語るとき、主役になるのはたいてい麦・水・樽、あるいはポットスチルの形だ。だが、原料と熟成のあいだにある発酵という工程、そこで働く酵母の話はなぜか置き去りにされがちだ。
「どうせ蒸留してしまえば、酵母の個性なんて消えるのでは?」——そう思う人は多い。しかし近年、造り手も研究者も「酵母は味を左右する立役者だ」と口をそろえ始めている。今回は、この見えにくい主役の話をしたい。
酵母は「アルコールをつくる係」だけではない
発酵とは、酵母が穀物由来の糖を食べてアルコールと炭酸ガスに変える工程だ。だが酵母の仕事はそれだけではない。糖を分解する過程で、エステル類(果実や花を思わせる香り)や高級アルコールなど、たくさんの副産物を生み出す。
ウイスキーの香味は1,000種類を超える微量成分の絡み合いでできているとされ、その一部は間違いなくこの発酵段階で生まれている。つまり酵母は、蒸留や熟成の「前」に、香りの下地を描いている。
ここで大切な誤解を一つ解いておきたい。蒸留すれば酵母菌そのものは残らない。影響するのは、酵母が発酵中に生み出した揮発性の成分のほうだ。「酵母の味がする」のではなく、「酵母が作った香りの素が受け継がれる」と考えるのが正確だ。
スコッチが「一種類の酵母」に落ち着いた理由
意外なことに、スコッチウイスキーの世界では長らく酵母は「脇役」扱いだった。かつてはビールづくり由来の酵母も併用されていたが、1970年代以降、業界はおおむね「M」と呼ばれる蒸留用酵母株に一本化していったとされる。今日では、それを改良し発酵をより速く効率的にした系統が主流だ。
選ばれた基準は、香りの多彩さよりもアルコール収量の高さと発酵の安定だった。だからこそ長い間、「酵母で味を造り分ける」という発想は表舞台に出てこなかった。麦や樽ほどには語られてこなかったのは、こうした事情もある。
酵母で「10通り」を造り分けるフォアローゼズ
一方、その常識をあえて逆手に取ったのがアメリカのフォアローゼズだ。この蒸留所は、2種類のマッシュビル(穀物配合)と5種類の自社酵母を掛け合わせ、10通りのレシピを造り分けている。
5つの酵母にはそれぞれV(フルーティ)、K(スパイシー)、O(Vより濃い果実味)、Q(フローラル)、F(ハーブ)といった個性が割り当てられている。同じケンタッキーの蒸留所で、同じ穀物から造っても、酵母が変われば方向性が変わる——それを一社のラインナップで体験できるのは貴重だ。シングルバレルは、その造り分けの入口となる一本。酵母がもたらす果実味の輪郭を、まずはここから確かめてみたい。

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