なぜバーボンには「サワーマッシュ」という手法があるのか——「酸っぱい酒」という誤解と、二世紀受け継がれる発酵の知恵
ジャックダニエルのラベルに書かれた「Sour Mash」。サワー=酸っぱい、ではない。前回の蒸留後に残る酸性の液を継ぎ足して発酵を安定させ、味をそろえる——二世紀にわたるアメリカンウイスキーの知恵を読み解く。
ジャックダニエルのボトルには、小さく「Tennessee Sour Mash Whiskey(テネシー・サワーマッシュ・ウイスキー)」と書かれている。バーボンやアメリカンウイスキーのラベルでもよく見かける言葉だ。「サワー(sour)=酸っぱい」だから、酸味のあるウイスキーなのだろうか——そう思った人は少なくないはずだ。
だが結論から言えば、サワーマッシュは味の話ではない。これは仕込みの現場で使われる、地味だが理にかなった発酵管理の知恵の名前である。この記事では、サワーマッシュが何を指すのか、なぜアメリカのウイスキーづくりに欠かせないのか、そしてラベルの「サワー」がなぜ誤解されやすいのかを読み解いていく。
サワーマッシュとは「前の仕込みを継ぎ足す」こと
ウイスキーは、穀物を糖化してもろみ(マッシュ)をつくり、酵母で発酵させ、蒸留する。サワーマッシュとは、この新しいもろみに、前回の蒸留を終えたあとに残る酸性の液体を一部加えてから発酵させる手法を指す。
この残液は、英語ではバックセット(backset)やセットバック(setback)、スティレージ、スペントビアなどと呼ばれ、いずれもほぼ同じものを指す。蒸留釜に残った、アルコールを抜いたあとの煮汁のようなものだ。中には役目を終えた酵母や穀物のかす、そして乳酸などの酸が含まれ、はっきりと酸性を帯びている。これを次の仕込みに継ぎ足していく。
イメージしやすいのは、パン作りのサワードウ(自然発酵種)だ。前に育てた種を少し取り分けて次の生地に混ぜ込むように、前回の一部を次へと橋渡ししていく——あくまで「代々受け継ぐ」連続性のたとえだが、感覚はつかみやすい。「サワー」という言葉は、この酸性の残液を使うことに由来している。

なぜ、わざわざ「酸」を足すのか
答えは、発酵を安定させ、味を毎回そろえるためだ。
発酵の主役である酵母は、弱い酸性の環境を好む。一方で、もろみを腐らせたり雑味を生んだりする有害な細菌の多くは、酸に弱い。仕込みに酸性のバックセットを加えると、もろみ全体のpHが下がって発酵に適した弱酸性の領域(おおむねpH5前後)に整い、雑菌が暴れにくく、酵母だけが元気に働ける舞台がつくられる。加える量は、新しいもろみ全体の4分の1から3分の1ほどが目安とされる。
効用はそれだけではない。役目を終えた酵母は、次の酵母にとっての窒素やビタミンといった栄養にもなる。さらに、毎回同じ「継ぎ足しの種」から出発することで、仕込みごとの水質や気温の揺らぎをならし、バッチ間の味のばらつきを抑えることにもつながる。大量に、しかも一定の品質で造り続けなければならないケンタッキーの蒸留所にとって、これは大きな意味を持つ。
「サワー」は、酸っぱさの証ではない
ここが最大の誤解ポイントだ。サワーマッシュの「サワー」は、あくまで仕込みに使う液体が酸性であることを指すのであって、出来上がったウイスキーが酸っぱいわけではない。むしろ発酵が安定する分、雑味のないクリーンでまろやかな酒質に寄与するといわれる。
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