なぜ空港の免税店には、見たことのないウイスキーが並んでいるのか——「トラベルリテール限定」と1リットル瓶の理由
空港の免税店の棚には、酒屋でもネットでも見かけない銘柄が並ぶ。あれは各社が「トラベルリテール」という独立した市場のために作った限定品だ。大きな瓶、消えた年数表記、そして「免税=安い」とは限らない理由を整理する。
空港の出発ロビー、保安検査を抜けた先にある免税店。ずらりと並んだウイスキーの棚を眺めていると、ふだん行く酒屋やネット通販では見かけない名前がいくつも目に入る。よく知っているはずの銘柄なのに、聞いたことのないサブネームがついている。瓶がやけに大きい。年数の表記がない。
あれはいったい何なのか。免税だから安いのか。買っておくべきなのか。この記事では、空港の棚に「見たことのない一本」が並ぶ理由を、業界の仕組みのほうから解きほぐしていく。
空港は、ひとつの独立した市場として扱われている
まず前提として、酒類メーカーにとって空港の免税店は「日本の店の一部」でも「イギリスの店の一部」でもない。トラベルリテール(Travel Retail)——業界では「グローバル・トラベルリテール(GTR)」とも呼ばれる——という、独立したひとつの市場として扱われている。多くのブランドが、有力な輸出国ひとつと同等の重みを持つ市場と位置づけ、ここに向けた戦略を立てている。
ここが重要なところで、独立した市場だからこそ、そこ専用の商品を作っても、国内市場の定番品の売上を食い合わない。むしろ棚に自社の顔を揃えて並べられるので、「うちは大きなブランドだ」という存在感を旅行者に示す場にもなる。
だから各社は、免税店でしか買えない限定品——「トラベルリテール限定(Travel Retail Exclusive)」を次々に投入してきた。グレンフィディックが2013年に発表したカスクコレクション(セレクトカスク/リザーブカスク/ヴィンテージカスクの3本)も、マッカランが従来の1824コレクションを置き換えるかたちで投入したクエストコレクション(クエスト/ルミナ/テラ/エニグマ)も、もともとこの市場に向けて作られたシリーズだ。
日本でもおなじみのタリスカーにも、こうした一本がある。2015年に免税店向けとして発表された「ネイストポイント」は、スカイ島の最西端の岬から名を取り、45.8度・ノンチルフィルタード(冷却濾過をしない)で瓶詰めされた。国内の酒販店の棚では、まず出会えない一本だった。
なぜ瓶が大きいのか
免税店の棚でもうひとつ目を引くのが、容量だ。とくに目立つのが1リットル瓶で、免税店では当たり前のように並んでいる。日本の店頭では700ml、アメリカでは750mlが標準だから、これだけでもう見慣れない。かと思えば200ml前後の小瓶も置かれている。サイズの振れ幅が、課税市場よりずっと広いのだ。
大容量が並ぶのは、旅行者が「せっかくだから」と手を伸ばしやすく、売り手にとっても一人あたりの購入額が上がりやすいから。そして買い手から見れば、その容量自体が「国内では手に入らない」という限定性にもなる。裏を返せば、中身は国内で売られているものと同じで、瓶のサイズだけが「限定」というケースも珍しくない。棚の前では、価格と一緒に容量表示を必ず確かめたい。
なお、そもそも700mlという数字がどこから来たのかは、それ自体が長い話になる。気になる方はなぜウイスキーのボトルは「700ml」なのかを読んでみてほしい。
年数表記のないボトルが多い理由
免税店限定品には、「12年」「18年」といった熟成年数の表記がないもの——いわゆるノンエイジ(NAS)が目立つ。これには在庫の事情がある。
もともとの発端は1980年代だ。当時の需要低迷でスコットランドの蒸留所は減産と閉鎖に追い込まれ、その時期に仕込まれなかったぶんが、二十年後に「熟成原酒の空白」として表面化する。そこへ2000年代のスコッチ人気の急伸が重なり、長く寝かせた原酒の在庫は一気に細っていった。
そこで各社は、年数を明記しないぶん原酒の組み合わせを柔軟にできるノンエイジ表現を数多く投入し、限られた熟成原酒を定番ラインのほうに温存するという判断をした。トラベルリテールは、その受け皿として使われた市場のひとつだった。
もっとも近年は流れが変わりつつある。在庫管理が改善したこともあり、年数表記のある商品を免税店向けにも戻す動きが出てきていて、買い手の反応も良いという。年数表記が消えていった背景そのものについては、で詳しく扱っている。
このコラムの関連
関連するボトル

The Macallan Double Cask 12 Year Old
🏴 スコットランド ・ ザ・マッカラン蒸留所 ・ シングルモルト ・ 12年 ・ 43%

次に読む

ウイスキーのジンジャーエール割りの作り方——黄金比1:3と、辛口・甘口で変わる一杯、合う銘柄
ハイボールとコーラ割りのちょうど中間にある定番、ウイスキーのジンジャーエール割り。黄金比と作り方、辛口・甘口ジンジャーエールの選び方、バーボン・カナディアン・スコッチ・ジャパニーズ別の相性、古典カクテル「ホーセズネック」まで整理します。

「フレーバードウイスキー」とは何か——ラベルに「リキュール」と書かれている理由と、甘い一杯の選び方
ハチミツやシナモンの名を冠したウイスキー。名前はウイスキーなのに、日本のラベルの品目欄には「リキュール」と書かれていることが多い。その理由と、35%前後という度数との付き合い方、美味しく飲むコツをまとめた。

なぜ酔うと千鳥足になり、呂律が回らなくなるのか——動きを補正する「小脳」と、耳の中で回る天井
千鳥足や呂律の乱れは、酔いのどの段階で出るのか。動きのずれを補正する小脳の働きと、内耳で起きるベッドスピンのしくみから、「体が言うことを聞かなくなる」現象を読み解く。




