なぜバルヴェニーは、機械化の時代に「手仕事」を捨てなかったのか——大麦畑・製麦場・銅細工師・樽工房をいまも自社で抱える蒸溜所
ダブルウッドで知られるバルヴェニー。だがその本当の個性は味よりも“造り方”にある。大麦畑・製麦場・銅細工師・樽工房をいまも自社に抱える蒸溜所のこだわりと、最初の一本の選び方を読み解く。
「バルヴェニー」と聞いて、まずダブルウッドの蜂蜜のような甘さを思い浮かべる人は多いだろう。だがこの蒸溜所の本当の個性は、味そのものよりも「造り方」にある。多くの蒸溜所が効率を求めて手放してきた手仕事を、バルヴェニーは今も敷地の中に抱え続けているのだ。この記事では、その一見“時代遅れ”にも見えるこだわりが、なぜ愛好家を惹きつけるのかを読み解く。
隣にグレンフィディックがある蒸溜所
バルヴェニーは、スペイサイドのダフタウンに1892年、ウィリアム・グラントによって設立された(最初の蒸溜は翌1893年)。グラントは、すぐ隣にある世界一売れるシングルモルト、グレンフィディックの創業者でもある。同じ家族がその“となり”にもう一つ築いた蒸溜所——それがバルヴェニーだ。今もウィリアム・グラント&サンズという家族経営の会社が所有している。
弟分のような立ち位置ながら、バルヴェニーは兄とはまったく違う道を選んだ。グレンフィディックが規模と普及を突き詰めたのに対し、バルヴェニーは手仕事の密度で勝負したのである。
「5つの希少な手仕事」を敷地の中に
バルヴェニーが誇るのは、蒸溜所自身が「5つの希少な手仕事(Five Rare Crafts)」と呼ぶ工程だ。
一つ目は大麦栽培。敷地に自前の農場を持ち、使う大麦の一部を自分たちで育てている。二つ目はフロアモルティング。大麦を床に広げ、人の手で攪拌しながら発芽させる伝統的な製麦を今も続ける。この方式を残す蒸溜所はスコットランドでもごく少数だ。必要量のすべてはまかなえず大部分は購入するが、それでも自前の製麦場を手放していない。
三つ目は銅細工師(コッパースミス)。ポットスチルの修理や維持を、専門の職人が敷地内で担う。四つ目は樽工房(クーパレッジ)。40人を超える樽職人が、年に何千もの樽を組み直し、焼き直して蘇らせる。そして五つ目が、香味の最終責任を負うモルトマスターだ。
これら5つをすべて自社の敷地内で続けている点を、バルヴェニーは自らの看板に掲げている。一つひとつは派手ではない。だが原料から樽までを自分たちの手の届く範囲に置く——その姿勢が、この蒸溜所の骨格になっている。
ダブルウッドという「発明」
バルヴェニーの名を世界に広げたのが、長年モルトマスターを務めたデヴィッド・スチュワートだ。彼は1962年にウィリアム・グラント&サンズに入り、1974年にモルトマスターへ就任。約半世紀(49年)にわたってその座を守り、通算では60年近くをこの会社に捧げた、業界で最も長く務めたモルトマスターとして知られる。
彼が1980年代に磨いたのが、バーボン樽で熟成させた原酒を、仕上げにシェリー樽へ移し替える「二段階熟成」だった。今でこそフィニッシュ(追熟)としてありふれた技法だが、当時はほとんど例がなく、その先駆けのひとつがバルヴェニーである。1993年に発売されたダブルウッド12年は、その代表作だ。バーボン樽由来のバニラに、オロロソ・シェリー樽が加える蜂蜜・ドライフルーツ・スパイスが重なり合う。

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