なぜグレンゴインは「ハイランドで蒸留し、ローランドで熟成する」のか——産地の線のすぐそばに建つ蒸溜所と、ピートを焚かないという選択
グラスゴー北郊のグレンゴイン蒸溜所は、産地を分ける線のすぐそばに建つ。ハイランドを名乗れる条件を決める条文、ピートを焚かない麦芽、そして「最も遅い」と自称する蒸留。静かな個性の正体を読み解く。
スコッチのラベルには、たいてい産地が書かれている。ハイランド、スペイサイド、アイラ、ローランド、キャンベルタウン。そのどれかに属していることは、味の目安であり、名乗りでもある。
その産地を分ける線の、すぐそばに建つ蒸溜所がある。グラスゴーの北、ダンゴインという円錐形の丘のふもとに建つグレンゴイン(Glengoyne)だ。蒸溜所は自分たちのことを、こう説明する——「ハイランドで蒸留し、ローランドで熟成する」。
なぜそんな名乗りが成り立つのか。そして、ピートを一切焚かず、「スコットランドで最もゆっくり」蒸留すると言い続けるこの蒸溜所は、その選択で何を得ているのか。順に見ていきたい。
バーンフットからグレンゴインへ
グレンゴインは、グラスゴーから北へ車で30分ほど、アバフォイルへ抜けるA81号線沿いにある。ダンゴインは標高427mの火山岩頸で、キャンプシー・フェルズという丘陵の西端にあたる。
創業は1833年。地元の人物がこの地の蒸留を正式な免許のもとに置き、「バーンフット」の名で始めた。1876年にはブレンド業者のラング兄弟が買収している。このとき「グレンゴイン」として登記するはずが「グレン・グイン(Glen Guin)」と書き取られてしまった、という言い伝えが残るが、その時期については資料が割れている。現在の綴りに落ち着いたのがいつかも、1894年・1905年・1906年と資料によって異なり、はっきりしない。
1965年にはラング兄弟社ごとロバートソン&バクスター・グループ(のちのエドリントン)の傘下に入り、2003年に家族経営のイアンマクロード社が買い取って現在に至る。
そして立地である。蒸溜所の建物とポットスチルはA81の北側に、伝統的な熟成庫は道路をはさんだ南側にある。新しくつくった酒は、道の下を通した銅の配管で向かい側へ渡り、そこで眠る。北側がハイランド、南側がローランド——というのが、この蒸溜所が長く語ってきた話だ。
「ハイランド」を名乗れるかは、蒸留した場所で決まる
面白い話だが、法律の裏づけはどうなっているのか。
スコッチの産地は、スコッチウイスキー規則2009(The Scotch Whisky Regulations 2009)の第10条が定めている。ハイランドは「ハイランドとローランドを分ける線より北の部分」、ローランドは「その線より南の部分」。そしてその線は、ノース海峡からクライド湾の南岸をグリーノックへ、そこからカードロス駅へ、さらに東へ直線でキャンプシー・フェルズのアールズ・シート山頂へ、続いてウォレス・モニュメントへ——と、条文のなかに具体的な地名で書き込まれている。
注意したいのは、この線が丘の尾根や道路に沿っているわけではない、という点だ。カードロス駅からアールズ・シート山頂までは、地図上に引かれた一本の直線にすぎない。そしてグレンゴインは、その直線のごく近くに建っている。「道路が境界そのもの」というより、条文の直線と蒸溜所の敷地がたまたま接近している、と理解するのが正確だろう。
もうひとつ大事なのが、同じ第10条が「その地域で蒸留されたスコッチ」にのみ産地名を認めている点だ。基準は蒸留地であって、熟成地ではない。だから、蒸溜所の説明どおり道路の向かいの熟成庫がローランド側にあるとしても、グレンゴインは堂々と「ハイランド・シングルモルト」を名乗れる。逸話としての面白さと、法的な整合が両立している珍しい例と言っていい。
産地区分そのものについてはなぜスコッチウイスキーは「5つの産地」に分けられるのかもあわせて読んでほしい。
ピートを一切焚かない、という選択
グレンゴインのもうひとつの看板が、ノンピートだ。麦芽は温風だけで乾かし、ピートの煙は一切当てない。
ここは誤解されやすいので補足しておくと、ノンピートであること自体はまったく珍しくない。スペイサイドの多くの蒸溜所も、実質的にはピートを焚いていない。グレンゴインが特異なのは、それを積極的に自分たちの旗印として掲げ続けてきたことのほうだ。ピートを焚かないという選択は、ピート(泥炭)に個性の柱を置く蒸溜所と、ちょうど裏返しの姿勢である。
煙で覆わない分、原料の麦の質も、発酵・蒸留・熟成それぞれの仕事も、そのまま前に出てくる。逃げ場がない造りとも言える。
スコットランドで「最もゆっくり」蒸留する
その逃げ場のなさを支えているのが、蒸留の速さ、正確には遅さだ。
グレンゴインのスチルは、ウォッシュスチル1基に対してスピリッツスチル2基という非対称な構成をとる。大きなウォッシュスチル(約16,500リットル)1基が生んだローワイン(初留液)を、5,000リットルほどの小さなスピリッツスチル2基で受けて、時間をかけて蒸留する。
蒸溜所は、スピリッツスチルから流れ出る新酒の速度を毎分4〜5リットル程度に抑えており、これを「スコットランドで最も遅い蒸留」と称している。ただし、これは公的に計測・比較されたランキングではなく蒸溜所自身の主張なので、順位そのものを額面どおりに受け取る必要はない。
とはいえ、ゆっくり流すことの効果ははっきりしている。蒸気が銅と触れている時間が長くなり、重い成分は途中で冷えて釜へ戻り、軽い成分だけが上がっていく——スチルの形状と還流で言うところの還流が増えるのだ。結果として、洋梨や青い果実を思わせる、軽やかな酒質になる。蒸留の速度は、スチルの形と同じくらい味を左右する設計要素だと言っていい。
煙がない分、樽の甘さがまっすぐ出る
そして熟成は、シェリー樽を軸に据える。ピートを焚かない澄んだ新酒に、シェリー樽由来のナッツやドライフルーツの甘みが、遮るものなく重なっていく。
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