なぜダルウィニーは、ウイスキーを造りながら「天気」を測り続けてきたのか——英国有数の寒さの村と、一度手放して呼び戻した虫樽
スコットランド有数の高地に建つダルウィニー蒸溜所は、気象の観測地点も兼ねている。英国有数の寒さという条件は、酒造りにどう効いているのか。虫樽を手放して呼び戻した1990年代の顛末とあわせて読み解く。
スコットランドを南北に貫く幹線道路A9を、インヴァネスへ向かって北上していく。ドルモッホター峠(Drumochter)を越えたあたりで、褐色の丘とヒースしかない風景のなかに、白い壁とパゴダ屋根の建物が唐突に現れる。ダルウィニー蒸溜所だ。
この蒸溜所には、酒造りとは別の顔がある。ここは気象の観測地点でもあり、蒸溜所の人間が記録した気温が、英国の気象データの一部になってきた。
なぜ、酒を造る場所が天気を測ることになったのか。そしてその「寒さ」は、グラスの中の一杯とどう関わっているのか。
年平均6.9℃——英国有数の寒さの村
ダルウィニーは人口80人ほどの小さな村で、蒸溜所は標高326メートルのところに建つ。「スコットランドで最も高い蒸溜所」と紹介されることも多いが、1973年に操業を始めたスペイサイドのブレイヴァル(標高352メートルほど)のほうが高い。「最も標高の高い蒸溜所のひとつ」と言うのが正確だろう。
はっきりしているのは、標高よりも寒さのほうだ。英国気象庁の1991〜2020年の平年値で、この村の年平均気温は6.9℃。標高500メートル未満の英国では最も低い。過去には氷点下19.1℃という記録も残っている。
蒸溜所の名は、ゲール語で「出会いの場所」を意味する地名から来ている。牛追いの道とハイランド鉄道(現在のハイランド本線)が交わる要衝で、1897年に「ストラススペイ」の名で建てられ、翌1898年に持ち主が変わってダルウィニーと改められた(創業年を1898年とする資料もある)。
なぜ、蒸溜所が観測地点になるのか
英国の気象観測網は、自動の観測装置だけで成り立ってきたわけではない。長いあいだ、各地の記録は「そこに住み、毎日決まった手順で数字を取れる人」に支えられてきた。
その条件が、この蒸溜所にはそろっている。ダルウィニーのように冬場に道が雪で塞がる土地では、敷地内に職員の住居が置かれ、道路が通れない日でも操業を続けられるようにしてきた。つまり、一年じゅう人がいる。天気が荒れれば荒れるほど貴重になる記録を、取る人間がそこにいるわけだ。
ダルウィニーは「気象観測所を兼ねた蒸溜所」として紹介され、観測は蒸溜所のマネージャーが担ってきたと説明される。記録はBBCのサイトで見られるとも書かれている。酒を造る場所が、同時に国の気候データの一点になっている——スコットランドでもかなり珍しい重なり方だ。
面白いのは、蒸溜所にとって寒さが「耐えるもの」であると同時に、売り物の一部でもあることだ。ここでは天気は、記録される対象であり、ラベルに書かれる物語でもある。
寒さは、味に効いているのか
では、その寒さは中身に効いているのか。ここは慎重に見たほうがいい。
よく語られるのは「高地の冷涼な気候でゆっくり熟成する」という説明だ。一般論として、冷涼な土地では樽の中の反応も目減り(天使の分け前)も、暑い土地に比べればゆっくり進む。ただしスコッチの世界では、蒸溜した原酒をタンカーで運び、離れた集中熟成庫でまとめて寝かせることがごく普通に行われている。ダルウィニーの原酒がどこで熟成されているかは資料によって記述が分かれるので、「この村の寒さが熟成をゆっくりさせている」と断言するのは避けたい。
一方、この土地の冷たい水がじかに関わる装置がある。冷却装置だ。
ダルウィニーは、いまでは数えるほどしか残っていないワームタブ(虫樽)を使っている。冷たい水を張った桶に渦巻き状の銅管を沈め、そこにスチルからの蒸気を通して冷やす、蒸留器と同じくらい古い仕組みである。
現代の主流であるシェル・アンド・チューブ式の凝縮器に比べると、虫樽は蒸気が銅と触れる面積が小さい。銅は硫黄っぽい成分を掴んで取り除いてくれるので、触れる面積が小さければ、重さや厚みがそのまま残りやすい。虫樽の蒸溜所の酒が「肉々しい」と言われるのはそのためだ。
しかも虫樽は屋外に据えられる装置で、桶の水の温度や流れ方が変われば、蒸気が銅と触れる時間も変わる。もっとも、水温は造り手が管理する対象でもあるので、外の寒さがそのまま味に通ってくるわけではない。それでも、冷たい土地の冷たい水はこの装置の前提条件だと言いたくなる。
ダルウィニーが面白いのは、その厚みのある原酒が、最終的に蜂蜜やヒースの花のような穏やかさに落ち着くところだ。骨格のある酒を、主にリフィル樽で15年かけてほどいていく。だから「ジェントル・スピリット(穏やかな酒)」と呼ばれながら、水っぽくはならない。
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