なぜ世界一ウイスキーを飲む国インドの「ウイスキー」は、国際基準ではウイスキーではないのか——糖蜜の一杯と、シングルモルトの逆襲
世界でいちばんウイスキーを飲む国はインド。だが国内で飲まれる「ウイスキー」の多くは糖蜜から造られ、EUや英米の定義ではウイスキーと名乗れない。そのねじれの理由と、アムルットやポール・ジョンが起こしている逆転を追う。
世界でいちばんウイスキーを飲む国はどこか。スコットランドでも、アメリカでも、日本でもない。インドである。
しかも僅差ではない。数量では他国を大きく引き離し、2024年にはスコッチウイスキーの輸出先としても、2023年にフランスへ譲った首位を2年ぶりに奪い返した。約1億9200万本のスコッチがインドへ渡っている(金額ベースでは5位)。
ところが、この「世界一のウイスキー大国」で日常的に飲まれている一杯の多くは、EUや英国、米国の法律ではウイスキーと名乗ることができない。この奇妙なねじれから、インドのウイスキーの物語は始まる。
糖蜜から造られる「ウイスキー」
インドの酒売り場には、IMFL(Indian Made Foreign Liquor=インド製外国酒)という独特の分類がある。植民地期に「インドで造られた西洋式の酒」を指した行政用語が、いまも生き残ったものだ。
問題は中身である。IMFLのウイスキーは、いまも多くが糖蜜(モラセス)——砂糖精製の副産物——を発酵・蒸留して得た中性アルコールをベースにしている。そこにモルト原酒を少量ブレンドし、色と香りを整えて「ウイスキー」として売られる。
だが糖蜜が原料なら、国際的な分類ではむしろラムに近い。EU・英国・米国の定義はいずれも穀物を原料とすることを求めるため、インドの主流ウイスキーは、そもそもウイスキーの棚に置けない。
理由は味の手抜きというより経済である。インドは世界有数の砂糖生産国で、糖蜜は安く大量に手に入る。穀物は主食であり酒に回す余裕が長くなかった、とも説明される。加えて酒税や規制は州ごとに設計され、価格競争は熾烈だ。安く大量に——その要請に、糖蜜は完璧に応えた。
ただしこの構図も固定ではない。近年はエタノール混合政策の影響で、飲料用に回る糖蜜由来アルコールが逼迫し、穀物由来へ移りつつある動きもある。
1948年創業の蒸留所が、グラスゴーで仕掛けたこと
この構図を内側から破ったのが、南部バンガロールのアムルット蒸留所である。1948年創業、長くIMFLを手がけてきた会社だ。
転機は2004年8月24日。アムルットは自社のシングルモルトを、インドではなくグラスゴーで発売した。ウイスキーの本場に、いきなり乗り込んだのである。当時、インド製のシングルモルトを真面目に相手にする者はいなかった。だからこそ本場で評価を取りに行った。
本格的な答えが返ってきたのは、その5年後だ。2009年に発売した「フュージョン」が、評論家ジム・マーレイの『ウイスキー・バイブル2010』で97点を獲得し、世界第3位に選ばれる。インド産のノンピート麦芽から造った原酒に、スコットランド産のピーテッド麦芽から造った原酒を約4分の1掛け合わせた——名前のとおり、二つの土地の融合だった。

暑さが味方につくとき
インドの気候は、ウイスキー造りにとって長く弱点とされてきた。樽の中身が暑さで猛烈に蒸発するからだ。スコットランドでは年およそ2%の「天使の分け前」が、インドでは年8〜12%に達すると言われる。
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