なぜスコッチは、スコットランドの外で熟成してはいけないのか——樽ごとの持ち出しを封じた条文と、瓶でしか出られないシングルモルト
「Scotch Whisky」は味の分類ではなく、どこで眠らせたかまで含んだ約束事。スコットランド外での熟成を禁じ、樽ごとの持ち出しまで封じたスコッチウイスキー規則2009の条文を読み解く。
海外の蒸溜所から樽をひとつ買い、日本の自宅やバーで数年ゆっくり寝かせて「自分だけのスコッチ」を仕上げる——そんな夢のような話は、法律の上では成立しない。ラベルの「Scotch Whisky」は味の分類ではなく、どこで造り、どこで眠らせたかまで含んだ約束事だからだ。しかもその約束は、抜け道まで丁寧に塞いである。
「スコッチ」の定義には、場所の条件が二重に書かれている
現在の根拠は、英国の The Scotch Whisky Regulations 2009(スコッチウイスキー規則2009)。その第3条が定めるスコッチの要件は、おおむね次の通りだ。
- スコットランドの蒸溜所で蒸留されていること
- 蒸留時のアルコール分が94.8%未満であること
- 容量700リットル以下のオーク樽で熟成させること
- その熟成をスコットランドの保税倉庫または認められた場所でのみ行うこと
- 3年以上熟成させること
- アルコール分が40%以上であること
そのうえで、加えてよいのは水とプレーンカラメル(着色用のカラメル)だけ、という制限もかかる。
注目したいのは熟成の項だ。条文は「matured only in Scotland」と書く。only、つまり例外はない。よく知られた「3年ルール」は時間の条件だが、同時に場所の条件でもあるわけだ。スコットランドで蒸留した原酒であっても、樽をフランスや日本へ運んで寝かせたなら、その中身は最初からスコッチの要件を満たさない。産地名を掲げる資格は、はじめから生じないのだ。
抜け道は、「樽そのものを出さない」ことで塞がれた
面白いのはここからで、規則は「国外で熟成してはならない」と書くだけでは足りないと考えた。樽ごと国外へ持ち出せてしまえば、運んだ先で事実上いくらでも熟成が続けられるからだ。
そこで同じ規則の第7条は、シングルグレーン、ブレンデッドモルト、ブレンデッドグレーン、ブレンデッドの4カテゴリーについて、木製の樽やその他の木製容器に入れて国外へ持ち出すことを禁じた。規則の施行日である2009年11月23日から適用されている。
バルク(瓶詰め前の状態でまとめて運ぶこと)での輸出そのものは、今も可能だ。ただしその場合は、プラスチックドラムのように中身へ影響を与えない不活性な容器に移し替えなければならない。国外での熟成が認められない以上、樽由来の熟成が進まない容器で運ばせる——「熟成させないこと」を容器の側から担保する仕組みである。
「国外で熟成するな」という行為の禁止を、「木の容器で外へ出すな」という容器の条件に翻訳した、きわめて実務的な条文といえる。
シングルモルトは、瓶でしか国外へ出られない
では、残るシングルモルトはどうか。こちらも2009年の時点では、同じく木製容器での持ち出しを禁じられていた。そのうえで、さらに一段厳しい条件が加わる。
第7条は、2012年11月23日以降、シングルモルト・スコッチウイスキーを、小売用のラベルが貼られた瓶(不活性素材製)に詰めた状態でなければ、スコットランドから他国へ移動させてはならないと定めている。木の樽が駄目というレベルではなく、不活性な容器であってもバルクでの輸出そのものが認められない。つまり2012年11月以降、スコットランドの外で瓶詰めされたシングルモルト・スコッチが新たに生まれることは、もうないということだ。

このコラムの関連
関連するボトル


次に読む

なぜサントリーは約1.6兆円でジムビームを買ったのか——キリンとの統合破談から4年、「洋酒で世界へ」の賭け
2014年、サントリーは米ビーム社を負債込み約160億ドルで買収した。縮む国内市場、キリンとの統合破談、以前からの販売提携、伸びるウイスキー。発表資料と当時の報道から、日本の会社がバーボンの雄を買った理由をたどる。

なぜベンリアックは、スペイサイドなのにピートを焚くのか——65年眠った蒸溜所と、ブレンドの裏方だった「煙」
華やかなスペイサイドで、毎年「煙の季節」を設けるベンリアック。ピート蒸溜はいつ、なぜ始まったのか。公式年表と資料の食い違いを整理し、本土の泥炭が生む甘い煙と、オリジナル・テン/スモーキー・テンの飲み比べ方まで案内する。





