なぜ酒の席では、みんなの声が大きくなるのか——騒音1dBにつき声は0.3〜0.6dB上がり、酒は騒がしい場所での聞き取りを落とす
酔うと声が大きくなるのは「気が大きくなるから」だけではない。周囲の騒音が1dB上がるごとに、人の声は0.3〜0.6dB上がる。しかもアルコールは、騒がしい場所での聞き取りそのものを落とす。酒場の音量がひとりでに上がっていくしくみを、音響と聴覚の研究から読み解く。
酒の席から出たあと、喉がやけに痛い。翌朝、声がかすれている。楽しかったはずなのに、どうしてこうなるのか。
「酔って気が大きくなったから」——たしかにそれもある。ただ、それだけでは説明のつかないことがある。同じ人が同じ量を飲んでも、静かなバーではそこまで声を張らない。つまり声の大きさは、酔いの深さだけでなく「その場の音」で決まっている。
しかもやっかいなことに、アルコールは口だけでなく耳にも効く。この記事では、酒場の音量がひとりでに上がっていくしくみを、音響と聴覚の研究から順に追ってみたい。
人は騒がしい場所で、「勝手に」声を上げている
騒音のなかで話すとき、人は意識せずに声を大きくする。これはロンバード効果と呼ばれ、音声科学ではよく知られた現象だ。意志の問題ではなく、ほとんど反射に近い。
どのくらい上がるのか。文献上の典型値としては、騒音が50dB(A)を超える範囲で、騒音が1dB上がるごとに声は0.3〜0.6dB上がるとされる。
2022年に『Scientific Reports』に載ったボッタリコらの実験は、この傾きを実測している。録音した飲食店の騒音を段階的に流しながら、決められた文章を読み上げてもらい、声の大きさを測ったものだ。参加したのは60歳を超える31人で、聴力が正常な人から中等度以上の難聴の人までが含まれている。結果は、騒音の小さい区間(35〜58dB(A))で0.27dB/dB、大きい区間で0.51dB/dBだった。同じ手法で調べた大学生では、0.31dB/dBと0.54dB/dBである。
ここで二つ、押さえておきたいことがある。
ひとつは、低いほうの区間が35dB(A)から始まっている点だ。図書館並みに静かな水準からすでに傾きは正で、静かな場所でも声は上がっている。「50dB(A)超」というのは効果が始まる境目ではなく、0.3〜0.6という典型値が当てはまる目安にすぎない(実測の0.27は、その典型値をわずかに下回る)。
もうひとつは、傾きが途中で切り替わることである。この31人では58.3dB(A)付近を境に、そこから先の上がり方が急になっていた。静かなうちはゆるやかに、うるさくなってからは一段と勢いよく、声は張り上げられていく。
飲食店の音量は、はじめから目安を超えている
同じ論文は、飲食店の騒音が一晩のうちに 65dB(A)から85dB(A) まで揺れうると紹介している。0.3〜0.6という傾きが効いてくる水準を、店は最初から超えているわけだ。
ここから先は研究の外側にある推論だが、話は悪循環に入る。
店内が騒がしければ、全員が反射的に声を上げる。上がった声そのものが、隣の席にとっては新しい騒音になる。その騒音を受けて、また全員が声を上げる——誰が悪いわけでもないのに、二時間かけて店全体の音量だけが積み上がっていく。閉店間際の店内が異様にうるさいのは、酔いが深まったからでもあるが、この繰り返しの結果でもあるだろう。
もともと提供の速さを優先してつくられた店であれば、なおさらだ。
そして酒は、耳のほうにも効いている
ここにアルコールが加わる。
「酔うと口が軽くなる」とはよく言われるし、実際そのとおりなのだが、測ってみると耳のほうも同時に鈍っている。
2021年に『Audiology and Neurotology』に発表されたチェらの研究では、健康な43人に、ウィドマーク式で血中アルコール濃度が0.05%になるよう計算した量を飲んでもらい、飲む前と後で聴力を比べた。結果、純音の聴力閾値と語音聴取閾値(SRT)がどちらも上がった。要するに、小さな音が聞こえにくくなったということだ。
そのうえで、はっきり差が出たのが雑音のなかでの聞き取りだった。信号対雑音比が−2dBの「やさしい条件」でも、−8dBの「難しい条件」でも、成績はアルコールによって落ちている。まさに酒場そのものの状況である。
一方で、静かな環境での語音明瞭度(WRS)は変わらなかった。内耳の増幅のはたらきを見るDPOAEも、音の時間的な分解能を見るGINテストも同様である。著者らの結論は、聴力の閾値が上がったうえで、単純な聴覚課題よりも負荷の高い課題ほど大きく成績が落ちた、というものだ。
では、これが声の大きさに直結するのか。人は自分の声を、空気を伝わる音と骨を伝わる音の両方で聞きながら音量を調整している。その聞こえが下がれば、同じ声量でも「小さく話している」ように感じられるはずだ——とはいえ、ここは研究が確かめた結論ではなく解釈にすぎない。自分の声は耳元ではかなり大きく、閾値がわずかに上がった程度で会話の音量が把握できなくなるとは限らない。静かな場所での語音明瞭度が落ちなかったことも、この推論を慎重にさせる。
はっきり言えるのはここまでだ。騒音は確実に声を押し上げる。そして騒がしい場所での聞き取りは、アルコールで確実に落ちる。後者が効くのは、自分の声ではなく相手の声のほうである。聞き取れなければ聞き返し、聞き返されればもう一段声を張る。先ほどの悪循環に、酔うほど回りやすくなる仕掛けが一枚足されるわけだ。そこへ抑制のゆるみが重なる。声が大きくならないほうがおかしい。
音量が上がると、飲む量まで増える
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