なぜ、聞こえている音でウイスキーの「味の感じ方」は変わるのか——三つの部屋を巡った441人と、動かなかったのが「甘さ」だった話
同じウイスキーを持ったまま三つの部屋を巡ると、草っぽさも木の余韻も評価が動いた——441人の実験を数字で追う。実際に音を聴かせながら飲ませると動くのは苦味と酸味で、いちばん期待される甘さが、いちばん動かない。
バーで飲んだあの一杯が、家では同じ味にならない。理由として真っ先に挙がるのは氷であり、温度であり、グラスの形だ。そのあたりはバーで飲むウイスキーが美味しく感じる理由に整理した。
けれど、もうひとつ、店を出るときに一緒に置いてくるものがある。音だ。
低く鳴っているピアノ。氷をすくう音。誰かの笑い声。それらが味に関係あるとは、ふつう思わない。乾杯でグラスを合わせる話を別にすれば、聴覚は飲む場面でいちばん軽く扱われてきた感覚だろう。
ところが2013年、ロンドンのソーホーに三つの部屋が作られ、441人が同じウイスキーを持って順番に通された。部屋が変わるたびに、同じ一杯の評価が動いた。
この記事では、その実験で何が起きたのかを数字で追い、「音で味の感じ方が変わる」という現象がどこまで確かで、どこから先はまだ分かっていないのかを分けて書く。そのうえで、家の一杯で試せることを最後に挙げる。
なお、これは「樽に音を当てて熟成を早める」といった製造工程への物理的な作用の話ではない。そちらは検証が乏しく、ミュージシャンが自分の名前で造るウイスキーで懐疑的に扱ったとおりだ。今回扱うのは、すでに瓶に入った酒を、飲む側がどう感じるかという話である。
ソーホーに作られた、三つの部屋
会場は「ザ・シングルトン・センソリウム」という一般公開のイベントだった。企画したのはオックスフォード大学のチャールズ・スペンスと、コンディメント・ジャンキーというサウンド/体験デザインの会社(同社の2名は論文の共著者でもある)で、ブランドオーナーのディアジオとPR会社が共同で運営にあたっている。三部屋を設計したのもコンディメント・ジャンキーだ。結果は査読誌『Flavour』に論文として出ている(Velasco, Jones, King & Spence, 2013)。
使われたのは、ダフタウンで造られた12年もののシングルモルト、アルコール分40度——ザ・シングルトン オブ ダフタウン 12年である。
参加者441人は約60mlの入った平底のグラスをひとつだけ受け取り、それを持ったまま10〜15人ずつの組で三部屋を巡った。最初から最後まで、飲むのは同じグラスの同じ酒だ。1部屋につき約5分、全体で20分ほど。
部屋の作り込みが徹底している。
「ノーズ(香り)」の部屋は、床に芝が敷かれ、壁ぎわに緑の葉の植物が置かれ、白い壁に緑の照明が当てられていた。クロッケーの道具とデッキチェアが三脚。ガルバナムとバイオレットリーフを配合し、刈りたての草を思わせる香りが作られている。流れていたのは夏の草原の音——鳥のさえずり、木の葉を鳴らす風、ときおり羊の鳴き声。
「テイスト(味)」の部屋は、天井から丸い赤い球体が吊るされ、椅子も窓枠も丸く、卓上には赤い果実を盛った丸い鉢が置かれた。部屋の中に角ばったものが一つもない。香りはプルノールとアルデヒド類で、特定の食べ物を思わせない「甘さ」そのものを狙って作られている。音は、高く澄んだ鈴の音。しかもこの音は天井のスピーカーから鳴らされた——音の高さと、音が来る空間的な高さを揃えるためである。
「フィニッシュ(余韻)」の部屋は、床も壁もむき出しの木板。照明は暗く、木箱が積まれ、木の椅子とベンチが置かれ、隅には葉を落とした木が一本立っていた。壁一面に時計。香りはシダーウッドとトンカビーン。音は、軋む木材、暖炉のはぜる音、乾いた落ち葉を踏んで歩く足音、そして低く鳴るコントラバス——論文はこの楽器に「木の楽器」と注をつけている。
同じ一杯の評価が、部屋ごとに動いた
参加者は各部屋で、ウイスキーの「草っぽさ」「甘さ」「木っぽい余韻」などを10段階で採点した。結果はこうなった。
- 草っぽさ:ノーズの部屋 5.40 に対し、テイスト 3.33、フィニッシュ 3.59
- 甘さ:テイストの部屋 6.08 に対し、ノーズ 5.07、フィニッシュ 4.72
- 木っぽい余韻:フィニッシュの部屋 6.97 に対し、ノーズ 5.07、テイスト 4.77
いずれも統計的に有意な差だった。部屋が強調しようとした属性が、狙いどおりに持ち上がっている。
さらに、ウイスキーそのものの好ましさも動いた。フィニッシュの部屋で 7.06、ノーズ 6.40、テイスト 6.37。部屋自体の好ましさもフィニッシュ(7.89)がいちばん高く、テイストの部屋(5.96)が最も低かった。
論文は、部屋によって評価がおおむね10〜20%動いたとまとめている。特筆すべきは、参加者が**「三部屋とも同じ酒だ」と分かったうえで**採点していたことだ。ふつうに考えれば、同じものには同じ点をつけようとする力が働くはずである。それでも動いた。
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