本文へ移動ラベルの「1998」は、何年ものなのか——スコッチの条文は、蒸溜年を書くならもう一つ数字を並べろと定めている | Malt Note生まれ年のウイスキーを探していると、ラベルの真ん中に大きく「1998」と刷られた一本に行き当たる。同い年の酒だ、と手が伸びる。
だが、その瓶が何年ものなのかは、その数字だけでは分からない。1998年に蒸溜された原酒が、2005年に瓶へ移されたのか、2024年まで樽にいたのか。同じ「1998」でも、中身はまるで別のウイスキーになる。
面白いのは、この不便さをスコッチの条文が正面から潰しにかかっていることだ。蒸溜年を書くなら、もう一つ数字を並べろ。しかも、同じ視野の中に——と決めている。
まず現物を見てみたい。
ディーンストンのこの一本には「1974」と「37年」が並んでいる。1974年に蒸溜し、37年寝かせた、と読める。
もう一つの書き方が、蒸溜年と瓶詰年という二つの年号を並べる形式だ。ヴィンテージ表記を看板にしてきたグレンロセスがこの型で、1982年蒸溜・1996年瓶詰、1973年蒸溜・2000年瓶詰といった具合に、始点と終点を示す。
蒸溜所から樽を買って自社ラベルで出す独立系ボトラーにも、この型が多い。ゴードン&マクファイルは、コニサーズチョイスのラベルが語る要素として、樽の種類・瓶詰日・度数・ヴィンテージ・テイスティングノートを挙げている。
コニサーズ・チョイス ベンリアック 1997Gordon & MacPhail Connoisseurs Choice BenRiach 1997
🏴 スコットランド ・ ベンリアック蒸留所 ・ シングルモルト ・ 15年 ・ 46%
二つの型は、よく似て見えて、確定させるものが違う。
蒸溜年と熟成年数が並んでいれば、樽で過ごした時間は確定する。代わりに瓶詰めされた年は下限しか出ない。年数は切り捨てで書かれるうえ、蒸溜年も年単位でしか分からないからだ(「1974」と「37年」なら、瓶詰めは2011年か2012年ということになる)。
蒸溜年と瓶詰年が並んでいれば、こんどは瓶詰年のほうが確定する。ただし樽で過ごした時間は、その差を超えないという上限が分かるだけだ。なぜ「上限」止まりなのかは、少し先で見る。
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🏴 スコットランド ・ ベンリアック蒸留所 ・ シングルモルト ・ 15年 ・ 46%
ザ・グレンロセス ヴィンテージリザーブThe Glenrothes Vintage Reserve
🏴 スコットランド ・ グレンロセス蒸留所 ・ シングルモルト ・ NAS ・ 40%
この形は業界の慣習ではなく、規則で決まっている。The Scotch Whisky Regulations 2009(スコッチウイスキー規則)の第12条第2項は、スコッチウイスキーについて「いつ蒸溜されたか」に関わる表示をしてはならない、ただし次のすべてを満たす場合はこの限りでない、として四つを並べる。
- (a) その言及が単一の暦年に関するものであること
- (b) その飲料に含まれるウイスキーの全量が、その年に蒸溜されたものであること
- (c) そのウイスキーの提示(presentation)が、瓶詰年・熟成期間・熟成年数のいずれかへの言及も含むこと
- (d) その瓶詰年・熟成期間・熟成年数への言及が、蒸溜年への言及と 同一の視野(the same field of vision)に現れること
(a)と(b)が「ヴィンテージ」の中身を決め、(c)と(d)が読み手のための条件になっている。(c)の三択はどれを選んでもよく、先ほどの二つの型はその選択の違いにあたる。
とりわけ念が入っているのが(d)だ。表のラベルに大きく年号を打っておいて、裏の隅に小さく瓶詰年を添える——という逃げ道を、条文はあらかじめ塞いでいる。
ワインなら、年号は一つで足りる。瓶に入ってからも中身は変わり続けるので、収穫年さえ分かれば、あとは何年経ったかを数えればいい。
そして、時計が止まる場所は瓶だけではない。樽から出てタンクや甕に移されれば、そこから先の時間も熟成には数えない。蒸溜年と瓶詰年の差が、樽の時間の「上限」にとどまるのはこのためだ。
白河 1958Shirakawa 1958
🇯🇵 日本 ・ 白河蒸留所 ・ シングルモルト ・ NAS ・ 49%
シングルカスク
その極端な例が、1958年に白河で蒸溜されたこの原酒だ。スコットランドのトマティン蒸溜所から2022年に発売された一本で、公式の説明によれば、オーク樽で熟成されたことは明らかであるものの、樽の種類と熟成期間は今日まで分かっていないという。原酒は蒸溜所で陶製の甕へ移され、白河の閉鎖後は九州の工場のステンレスタンクへ渡った。
1958年から2022年までの64年が、そのまま樽の中の時間だったわけではない。だからこのボトルに熟成年数は書かれていない。二つ目の数字は分かっていても、三つ目——樽にいた長さ——は、もう誰にも数えられない。
同じ第12条の第1項には、熟成期間や年数を表示するなら年単位で表さなければならない、と書かれている。しかもその前提として、EU規則(第110/2008号)第12条3項——熟成期間や年数は、その飲料の中でいちばん若いアルコール成分を指す場合にのみ表示できる——の遵守義務が置かれている。「12年」が最も若い一滴を指すのは、この筋道による(→なぜ「12年」ウイスキーには、12年より古い原酒も混ざっているのか)。
なお、この参照先の規則はEUでは2021年に適用の始まった新しい規則に置き換えられたが、英国では離脱にともなって国内法に引き継がれ、いまも効力を持っている。
つまり二つの数字は、性格が正反対だ。
年数表記は「これより若い原酒は入っていない」という下限の約束で、何年に蒸溜された原酒を混ぜてもかまわない。対する蒸溜年表記は、(b)によって全量が単一の年に縛られる。混ぜる自由と引き換えに、素性を一点へ絞る書き方である。
裏を返せば、名前に「ヴィンテージ」と付いていても、複数年の原酒を組み合わせた製品なら、それは蒸溜年の表示ではない。
ザ・グレンロセス ヴィンテージリザーブThe Glenrothes Vintage Reserve
🏴 スコットランド ・ グレンロセス蒸留所 ・ シングルモルト ・ NAS ・ 40%
グレンロセスのこのボトルも、単一の蒸溜年ではなく複数のヴィンテージを組み合わせた一本だ。ここでの「ヴィンテージ」はブランドの呼び名であって、「何年に蒸溜されたか」を読者に伝える数字ではない。
第12条にはもう一項ある。第3項は、ある数字が、熟成期間なのか、熟成年数なのか、いつ蒸溜されたのかについて公衆に混同を生じさせるおそれがあるなら、そうした表示をしてはならないと定める。数え方を縛るだけでなく、紛らわしい数字を置くこと自体を禁じているわけだ。
ラベルに刷られる数字は、年数だけではない。創業年(→なぜマッカランもグレンリベットも「1824年創業」なのか)、記念の年、商品名の一部。どれも熟成とは関係がないのに、ラベルの上では同じ大きさで並びうる。だから条文は、数え方より手前の段階に線を引いた。
では、日本の売り場ではどうなっているのか。ここは少しややこしい。
日本には「ウイスキーの表示に関する公正競争規約」があるが、この規約でいう「ウイスキー」からは輸入ウイスキーが除かれている(第2条)。輸入品を受け持つのは、別に置かれた「輸入ウイスキーの表示に関する公正競争規約」のほうだ。棚に並ぶスコッチやバーボンに掛かるのは、こちらになる。
熟成年数まわりの中身は、二つの規約でほとんど同じだ。どちらも第4条で、熟成年数の異なるものをブレンドした場合は最も熟成年数の若いものの年数をもって表示する、と定める。最若原酒の考え方はスコッチと変わらない。
そして両方が、熟成年数について誤認されるおそれがある表示を禁じている。施行規則が挙げるのは、一部の原酒の熟成年数を全体のものであるかのように見せる表示。そして、一般消費者に熟成年数と誤認されるような数字の表示。ただし商品名・発売年号・自社格付けであることが通常認知し得るものは、これに当たらない——スコッチ規則第12条第3項と、ほとんど同じ心配をしている。
このただし書きが効く場面は、実際にある。
このバーボンの「1910」は蒸溜年でも熟成年数でもなく、ブランドの歴史にちなんだ商品名だ。商品名だと分かる限りは、規約上も問題にならない。
違うのは、蒸溜年の扱いである。国内・輸入どちらの規約を通読しても、蒸溜年を書くなら瓶詰年や熟成年数を同じ視野に並べよ、という趣旨の規定は置かれていない。誤認を招く数字は禁じるが、始点だけを書くこと自体は縛っていない。
整理しよう。
ラベルに年号が一つしかなければ、その瓶は「何年もの」なのかを語っていない。探すべきは二つ目の数字だ。瓶詰年か、熟成期間か、熟成年数か。スコッチなら条文上、どれかが同じ視野の中にあるはずである。
そして、その数字が本当に蒸溜年なのかも確かめたい。創業年かもしれないし、商品名かもしれない(→ウイスキーのラベルの読み方)。同い年の一本を探すときも、手順は変わらない(→生まれ年のウイスキーを贈る・探す)。
1998年蒸溜の一本は、いつ瓶に入ったかによって、まったく違う顔で目の前に来る。数字が二つ揃って初めて、その瓶が過ごした時間に見当がつく——そして、揃ってもなお分からないことがある、と知っておくといい。
年数表記そのものの読み方は、ウイスキーの「12年」「18年」は何を意味するのかにまとめてある。
白河 1958Shirakawa 1958
🇯🇵 日本 ・ 白河蒸留所 ・ シングルモルト ・ NAS ・ 49%
シングルカスク
市販ウイスキー14本を官能評価と化学分析にかけ、マンゴー香の弱い一本に加えて確かめる。そうして挙がった三つは、アルデヒド二つとアセタール一つだった。どれも単体では、誰も「マンゴー」とは呼んでいない。